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V(ヴァカみたいにどうでも良いこと)を、 N(ねちねち)と書いてみる。 根本的にヴァイオリンとは無関係です。
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B2F入り口に二人がたどり着くと、
テッカの低い声が飛んだ。
「遅い。何やってたんだ。」
「そういうテツさんこそ、何やってるんですか。」
いつもなら、首を竦めるところで冷静に、
ノエルが突っ込んだのも無理はなく、
ほんの僅かな間に何があったのか、
マツリの首根っこを掴んだテッカの顔は、
泥とペンキまみれになっていた。
よく見れば、フェイヤーとスピアリングも無傷ではない。
「ああ! スピアが!」
太い眉毛を描かれた愛鳥の姿に、
ノエルは悲鳴を上げたが、
ギルマスが嘆く暇を与えない。
「はいはい、黙ってると一人で突っ込みかねない、
 ソロ軍団もいることだし、サクサク行きますよー」
どんなときもペースを崩さず、
指示を出すのは流石と言えたが、
クルリと渦巻いた王様髭を描かれた顔では、
年の功も熟練者の威厳もない。
テッカに首根っこを捕まれていなくても、
誰がやったかは容易に想像がついた。

「せめて顔を拭いてからにしましょうよ。」
ギルマス達のあまりの姿に、
溜まりかねたポールが、進言する。
これにはテッカが忌々しげに、
非情な現実を伝えた。
「落ちねえんだ、これは。」
「試作段階とはいえ、
 ギルド特性ペイントですかんね。
 そう簡単には落ちやしませんぜ。」
騎士ギルドがそんなペンキを作っているとは、
到底思えないが、上司に吊し上げられたまま、
マツリが得意げに言う。
「なんで、こんなになっちゃったのよ。」
「あんたらが、さっさとこねえから。」
「ほんの1分も遅れてないよ!?」
ノエルとの言い争いにも、全く反省した様子はない。
猫の如く、首根っこを押さえられてこの態度であるから、
叱っても手応えはないだろう。
僅かながらも、遅れて面倒の元を作った自分達に、
テッカが文句の一つも言いたくなる気持ちが、
ポールにも解った。

それでも一応は、場を取り繕おうと思ったのか、
テッカの手を振り払い、
マツリが真面目な顔をする。
「古代の騎士はそのまま死に装束になるよう、
 鎧を凝った作りにしたそうですがね。
 いいじゃねぇすか。
 白装束ならぬ、死に化粧だと思やあ。」
武士足るもの、
常に戦死の覚悟と準備は必要だという、
その言葉に一理ないわけではなかったが、
一体どこに髭に眉毛、
パンダ模様の死に化粧があるだろう。
いい加減なことを言う部下に、遂にテッカがキレる。
「こんな顔で死んだら、
 末代までの笑いものだ、馬鹿野郎!」
「至極お似合いですぜwwwwwwwww」
やはり、本気でフォローするつもりはなかったのだろう。
青痰よろしく、
目の周りを黒く塗られた上司が怒鳴るのにあわせ、
諸悪の根元は珍しく大声で笑った。
「なんか今日、妙に祀ちゃんのテンションが高いね。」
「あれですよ、最近テツさんが構わないから、
 色々溜まってたんじゃないすか。」
「鉄っちゃんが狩りに誘う前に、
 どっか行っちゃうのは祀ちゃんなのに?」
死地に向かう前にも関わらず、平常通り争う二人を前に、
フェイヤーとノエルがぼんやりと感想を述べたが、
何時までもそうしているわけには行かない。

「はいはい、二人ともその辺にして。
 ペイントも放っておけば消えるらしいし、
 今度こそ、もう行くよ。」
改めてのギルドマスターからの進軍指示に、
ひとまず、場が収まる。
「ポール君、少しでも危ないと思ったら、
 すぐ蝶の羽使ってね。 
 無理しなくて良いから。」
「はい!」
「じゃあノエル君、宜しく。」
 いざとなったら回復も手伝ってあげて。」
「大丈夫です。そのための白ポ、余分に持ちましたし。」
「鉄っちゃん、いつも通り前衛は頼めるね?」
「任せておけ。」
ギルマスの言葉に、勢いだけはよく新米が返事をし、
その補佐を担当するノエル、
危険な前衛を任されたテッカも答える。
その一つ一つに頷くと、
最後にフェイヤーはマツリに向き直った。
メンバーの職が偏っているため、
経歴上、多様なスキルを持つマツリが、
本職以外の仕事も受け持たねばならない。
だからといって、騎士としての仕事が減るわけでもなく、
その分、負担をかけることになる。
この小柄なLKは悪さもするが、
常に期待に応えてくれた。
「祀ちゃんも、色々動いてもらうことになるけど、
 準備はいい?」
信頼を込めて問いたギルマスに、
マツリはいつも通り、飄々と肩をすくめてみせた。
「小石に砂、ペイント、罠は常時持ち歩いてますわ。」
「違うだろ! 
 まず、ツーハンドクイッケン発動にバサポ、
 余裕あったらコンセ、
 イザというときの餅かレモンだろ!」
騎士以外の仕事を頼むとは言え、
現職は勿論、前職にも掠りもしない答えに、
テッカが怒鳴る。
「へぇへぇ。ついでに基礎支援ですな。」
「・・・あと、ルアフもお願いね。」
確かに基礎支援魔法を担当しているあたりで、
騎士としてはおかしいのだが。
「なんだか僕、祀ちゃんが本当にアコライト出身なのか、 解らなくなってきたよ。」
何かが違うマツリの返事に、
フェイヤーはぽつりと呟いた。
そこへ取って付けたように、ブレスと速度がかかる。

基礎支援魔法の効果は有限で、
一定時間が過ぎれば切れてしまう。
もたもたしている暇はなく、
各自、所持ブーストスキルを発動し、武器を持ち直した。
何はともあれ、出発だ。
「それじゃ、行くよ。」
フェイヤーの言葉にメンバーが頷き、
ノエルがB2Fへの扉を開けた。
ばっと視界が開け、
通路に散乱したドッペルゲンガー達の姿が目にはいる。

モンスターが進入者をとらえるより早く、
まず、マツリの姿が消えた。
同時にテッカが真っ先に突っ込む。
無謀に見える前進に、ドッペル達が挙って反応し、
進入者を排除しようと一斉に襲いかかった。
しかし、その武器がテッカに届く前に、
消えたはずのマツリが姿を現す。
「サプライズアタックッ!」
使用スキルは兎も角、不意打ちは成功し、
ドッペル達の動きが一瞬止まる。

戦場にて勝敗は一瞬にして決まるという。
瞬く間にマツリの姿は再び消え、
テッカの剣が閃光を放った。
「ボーリングバッシュッ!」
総攻撃を仕掛けようと一カ所に集まったモンスター達は、
まとめて吹き飛ばされた。
中級モンスターとして、
破格の強さを持つドッペルゲンガーだが、
LK専用武器強化スキル、
オーラブレイドによって強化された、
プロンティアでも指折りのLKの必殺技には、
ほとんどが耐えきれず、そのまま、かき消える。
残った者もフェイヤーの追撃が存在を許さない。
「ブランディッシュスピア!」
ペコペコと騎士、
双方の力を合わせて繰り出される槍撃は、
単体でも十分強力であり、
まして、ダメージを受けているドッペル達は、
次々とその数を減らしていった。
まるで元々のパートナーであるかのように、
フェイヤーとスピアリング号は息を合わせた攻撃で、
次々と敵に止めを刺していく。

正にLKにふさわしい幕開けだったが、
彼らは優勢が長くは続かないのを知っていた。
予想外の数に不意を突かれた先ほどとて、
何時までも、もたついていたわけではなかったのだ。
先手をとっても、戦況の厳しさは大差ない。
支援がいない今、回復手段は薬しかなく、
いかなる傷も瞬時にふさぐ魔法と異なり、
即行性も効能も劣る。
防御魔法もないので、結界をあてにして、
強引に動くようなこともできず、
いつも以上に怪我を負う危険度は増す。
怪我を恐れ、防御に手を取られれば攻撃力が落ち、
攻撃力が落ちれば落ちるほど、処理できる敵の数も減る。
異常なほどドッペルが存在するこの状況で、
数を減らすことが出来なければ、
簡単に押しつぶされてしまう。
死にたくなければ、
やられる前にやるしかないのだ。

生体研究所は複数の部屋、
入り組んだ通路で形成されているため、
前進すればドッペルの出現場所も複数に分かれ、
前衛の手を逃れるものもでる。
後衛のポールも気を抜いている暇があるはずもなく、
前線からこぼれた商人型ドッペルを相手に、
必死で身を守っていた。
商人の姿をしたドッペルの攻撃は、
シーフのものより早くはないが、一撃が重い。
思わずバランスを崩すと、
すぐさまノエルが間に入ってくれる。
マカボニーブラウンの長髪が跳ねた。
「ピアースッ!」
的が小さい分、
大型モンスターを相手にした時のようにはいかないが、
魔力を込められた矛先は、
ドッペルゲンガーを二度も貫き、見事消滅させる。

「もっと、盾は体の中心で持って!」
「はいっ!」
ほっとする暇もなく、ノエルの指示が飛び、
ポールは盾を持ち直すと、別のドッペルと対峙した。
まるで無限であるかのように、
次から次へとドッペルゲンガーは現れる。
今のところ、進みはしても引くことはなく、
メンバー達が次々と撃退しているが、
ドッペルの数は少しも減っていない。
自分も、攻撃に回れたら。
耐えるだけの時間稼ぎですら欲しい状態なのだ。
たとえ一匹でも敵を倒せれば、
僅かなりともメンバーの負担を減らせるのに。
背に負った、フェイヤーから借りた細身の槍が、
僅かに重くなった気がした。

ヒュッと、頬を矢が掠める。
慌てて、ポールはその場から一歩飛ぶように離れた。
気を抜いている暇なんかない、
まして、余計なことをやったり、考える余裕があったら、
目の前の敵に集中しなければ。
そう、自分に言い聞かせ、
打ち掛かってくる少年アコライトのスタナーを受けつつ、
素早く首を回して、矢を射掛けてくるアーチャーを探す。
どんなに早くても、
矢は直線にしか飛ばず、軌道は単調と言え、
盾に全身を隠し、防御に専念している今なら、
弓手の居場所さえわかれば、防ぐのは難しくない。
20mほど先で、
弓を振り絞っているアーチャーを見つけると、
ポールはアコライトを挟むように、
うまく立ち位置を変えた。

味方が間に挟まってしまうと、攻撃出来ないのは、
魔物の弓手も同じようで、
アーチャーはポールを狙うのをやめ、
別の誰かに体を向けた。
『どんな矢でも、味方に当てるわけにはいかない。
 かといって、動き回っては命中力も攻撃回数も落ちる。
 だからこそ、立ち位置には十分気をつけるんだ。』
幼い頃から、聞き続けた声が聞こえた気がした。
それを振り払うようにして、
ポールはアコライトに体当たりする。
感傷に浸る暇なんかないんだ。
それに俺は騎士になるんだ。
弓手の心得なんか、関係ない。
防御一点だったポールに突然の体当たりをくらい、
今度はドッペルがバランスを崩す。
「今ならいける!」
背中の槍に手を伸ばし、
もう一撃浴びせようと一歩踏み出したところで、
突然、体が重くなる。
速度減少魔法を掛けられたのだ。

つんのめるようにして転び掛け、
体勢を整える間もなく、横っ腹に鈍器の一撃を喰らう。
「痛った!」
実際は痛いどころではないのだが、
それ以外の悲鳴もでてこない。
「ポール君、インデュア、インデュア!」
「プロボック!」
ギルマスのアドバイスに従って、
魔法で一時的に痛みを消し、何とかその場を離れると、
アコライトが挑発魔法につられて、
ふらふらとノエルのほうへ歩いていくのが見えた。
「ガッツは買うけど、無理はだめだよ。」
「クエックエッ」
いつの間にか、横にきていたフェイヤーが、
ポーションを投げてくれる。
「はい、飲んだら、動いた動いた。」
「はいっ!」
手痛い一撃にもひるんだ様子のない新米の返事に、
ギルマスは笑い、ペコペコも嬉しそうに軽く足踏みして、
その場を発った。
「よしっ!」
もらったポーションをがぶ飲みすると、
気合いを入れ直し、ポールは盾を持ち直した。

さっと戦況を見直し、
身近に敵がいないのを確認すると、
アコライトを引っ張ったまま、
ドッペルに囲まれて戻ってこれないノエルのところへ、
自分から突っ込む。
盾ごとシーフに体当たりし、
そのまま、ノエルに背中をくっつける形で守る。
「こいつは、俺が引き受けます!」
一匹なら持ってみせる。
たった一つの出来ることをやろうとする新米に、
ノエルは呆れ顔で眉を動かした。
「生意気なこと、言うじゃん。」
やると主張していることのしょぼさに加え、
つい先ほどまで、
なにも出来ないとベソをかいていた剣士だと思うと、
ため息の一つも出てきそうだったが、
別に不快なわけではない。

「そのまま、しっかり押さえといてよ。」
ポールに背中を任せ、
複数の攻撃を受けながら、ノエルは魔力を溜めた。
「スパイラル、ピアースッ!!」
振り上げられた槍と共に、
一気に解放された魔力は旋風を巻き起こし、
ノエルを攻撃していたものは勿論、
近距離にいたものも吹き飛ばした。
返す穂先で、
ポールが押さえていたシーフにも止めを刺す。
「すっげえ!」
新米剣士が上げた歓声を、
まんざらでもない顔でノエルは受け止めた。
「ま、ざっとこんなもんさ。」
ペコがいなくても伊達にLKではないと、
ノエルが胸を張った瞬間、テッカの怒声が割り込む。
「何処見て飛ばしてるんだ、馬鹿野郎!」
吹き飛ばされたドッペル達は、
只でさえ多くの敵を押さえている、
前線のテッカの所へ行ってしまったらしい。
「大丈夫、鉄ちゃん!?」
「大丈夫に決まってるだろ、ボーリングバッシュッ!」
慌てて、フェイヤーが援軍に駆け、
テッカが力任せに敵を叩き潰す。
「すみません! すみません!」
「大丈夫っすか、若旦那! 砂掛けっ!」
テッカの刀に飛ばされて、
戻ってきたドッペルを叩きのめしながら、
ノエルは平謝りし、
少し離れた場所にいたマツリも戻って援護にはいる。
が、このLK、素直に上司の援護はしない。
「痛ぇ! 何やってるんだ、お前は!」
「だから、援護に砂掛け。」
「援護ってか、俺が一番ダメージ喰らってるわ!
 味方がいるのに範囲攻撃喰らわすのはやめろ!
 っていうか、LKが砂掛けするなっ!」
「BBなら、撃ってもよかったっすかね?」
「もう、お前、少し黙ってろ!」
「この状況で、どうして喧嘩が出来るんだい二人とも!」
敵味方入り乱れた中、テッカの怒声とマツリの砂が舞い、
フェイヤーの突っ込みが飛ぶ。
「怒られる! 後で絶対怒られるよ、俺!」
「俺は大人しく帰ればよかった!」
前線が乱れたせいで、
さらに激しくなった戦況についていけずに、
ポールが再び悲鳴を上げ、
別の意味でノエルの泣き声が響く。

混戦としかいえなくない状態が、
いったい、どれだけ続いたのだろうか。
怖いと思う余裕もなく、
ドッペルの攻撃を防いでいたポールの背中を、
何か、冷たいものが走った。
ゾクリ、と背中が総毛立つ。
不味い。
それが何かはわからないが、全身が危険を訴えている。
突然、動けなくなったポールに、
容赦なく商人のカートレボリューションが入り、
転がった新米を庇い、ノエルが槍をふるう。
「ポール君?!」
「マツリさん!!」
様子のおかしい新米を心配するノエルに答えず、
ポールは必死でマツリの名を呼んだ。
この感覚には覚えがあった。
グラストヘイムの黒い巨人、
深淵の騎士と対峙したときと同じだ。

ピクリと、マツリがポールの声に反応して、
僅かに動きを止める。
「ルアフッ!」
元支援職という異例のLKは、
闇に隠れた魔物を暴き出すという、
アコライト所有の防御魔法を使った。
マツリの詠唱に答えて、光の玉が宙を舞い、
辺りを眩しく照らし出す。
メンバーの視線が一点に集中した。
ルアフによって照らし出された黒い影。
シーフ系最高職の一つ、
アサシンクロスの黒衣に身を包んだ、
青く長い髪の青年が、テッカのすぐそばに佇んでいた。
「エルメス・ガイルッ!」
フェイヤーの声が響き、テッカが動く。
「この野郎っ!」
エルメス・ガイルと呼ばれる、
AXの姿をしたドッペルゲンガーは、
軽々と剣を避け、滑るようにテッカから逃げた。
追撃したフェイヤーの槍も空を切る。
本来B2Fには生息しないはずの、
高位のドッペルゲンガーは、
アサシン上位職の姿にふさわしく、
驚異的な回避力を誇る。
生半可な腕で、当てられるような相手ではない。

「コンセントレイション!」
莫大な魔法力と引き替えに、
身体能力を引き上げるLK専用スキルをテッカが使う。
さらに鋭さを増したLKの動きはAXを追いつめ、
ガチンッと、冷たい音を立てて、
テッカの愛刀・出雲守と、
ガイルのカタール・裏切り者がぶつかりあった。
そのまま、テッカがわずかに刀を動かして、
ガイルのカタールをはね飛ばす。
パリィングといわれる特殊技術で、
得物を飛ばされたガイルの動きが一瞬止まる。
すかさず、テッカが間合いを詰め、
一撃を浴びせようとしたが、
ガイルの姿は影のように消え、
出雲守が空を切る音だけが響いた。
「チッ、面倒な!」
消えたAXの姿を探し、テッカの動きが止まる。
そこへ、ポールの悲鳴に近い声が響いた。
「テッカさん、右です!」
新米の声に反応して、テッカはすかさず左へ避けた。
今度はガイルのカタールが空を切る。
攻撃が失敗し、再び闇へ沈もうとするガイルの後を、
テッカは追おうとしたが、間にマツリが割って入った。

「こいつはあたしが相手しますわ!」
「祀ッ!」
出すぎた真似をするなと、
テッカは部下を退けようとしたが、
フェイヤーの指示もテッカを止める。
「鉄っちゃんが動いたら、
 他が止められないよ!
 ガイルは祀ちゃんに任せて!」
「・・・チッ」
一瞬迷った様子を見せたが、
ギルマスの指示に従って、テッカはそのまま引いた。
「行けるんだろうな、祀ッ!」
上司の確認にマツリがふてぶてしく怒鳴る。
「ったり前でさ! ちょっと早いだけのAXなんざに、
 負けるほど、ノロマじゃありませんや!」
その言葉に違いなく、
マツリはガイルにぴったりと張り付き、
勝るとも劣らぬスピードでAXを押さえた。
ルアフの光がその周りを飛び回り、
影へ消えることも許さない。
「ボーリングバッシュッ!」
早速、大きな一撃がAXに叩き込まれ、
ドッペルゲンガーの身体が一瞬歪んだが、
消えることはなかった。
マツリも一発でしとめられるとは、
思っていなかったらしく、止まらず続けて打ちかかる。
刀とカタールがぶつかり合う、金属的な音が響いた。

「マツリさん・・・」
小柄なLKの実力を知ってはいたが、
不安と悪寒に捕らわれて、ポールはまだ動けずにいた。
それを背に庇い、ノエルが答う。
「マツリちゃんなら大丈夫だよ!
 それより、君は平気なのかい?」
女剣士の剣をはねのけ、
商人の腹に穂先を突き刺す。
叶うことなら、ポールを揺さぶり、
正気を確かめたかったが、
前線が崩れた負担は大きかった。
「このっ」
一体に止めを刺したそばから別のが湧く。
すぐ隣に現れたドッペルを見て、
ノエルは顔色を変えた。
「ゲッ、寄りにも寄って・・・」
1次職ドッペルの中で、もっとも厄介だとされる、
マジシャンの出現に、ノエルは焦った。
一撃でしとめなければ、雷魔法を食らう。
避けようにも、後ろにはポールが居る。

ままよと、ピアースを繰り出し、
手応えはあったが、止めを刺すには至らなかった。
しかも槍に貫かれたまま、
マジシャンは詠唱を続けている。
「やっば・・・」
一撃を食らうのを覚悟して、
ノエルが腕で身を庇おうとしたとき、
横から、フェイヤーの穂先が飛んできて、
マジシャンを突き刺した。
そのまま、かき消えたドッペルを見ながら、
ノエルは息をついた。
「助かったよ、フェイさん。」
「まだまだだねえ。だからユッシンに怒られるんだよ。」
呆れたようなギルマスの指摘に、
耳が痛いと思いながら、ノエルが後ろを振り返ると、
ポールがテッカに叩かれてる所だった。
「いつまでボーッとしてやがんだ!」
「すみません!」
元気のいい新米の悲鳴に一安心して、
再び槍を持ち直したものの、
連戦の負担は大きく、身体が重い。
「フェイさん、そろそろ俺もきついんですけど。」
「んだねえ。時間も結構たってるし、
 そろそろ帰ろうか。」
ノエルに返事をしながら、
フェイヤーは辺りを軽く眺め、槍の構えを変えた。
軽く商人とアコライトのドッペルを押さえながら、
指示を出す。
「鉄っちゃん、そろそろ帰るよ!
 祀ちゃん、そいつ、こっちに連れてきて!」
ギルマスの声に二人のLKが反応する。

「下がっていろ。」
テッカがポールを、
自分とフェイヤーの間に挟まるよう動かし、背後を守り、
マツリはAXを相手にしながら、
周囲の一次職ドッペルにプロボックを掛け、
一カ所に集めながら、仲間の元へ戻る。
「よし、ペコ丸、ちょっときついよ?」
テッカに背中を任せ、前方のみに集中する形で、
フェイヤーが槍を構えるのにあわせ、
スペアリング号も頭を低く下げ、足を広げ、
衝撃に耐えられるように構えた。
AX、その他のドッペルたちを抱え、
その攻撃を軽々と避けながら、
戻ってきたマツリの姿が、直前で消える。
それとほぼ同時にフェイヤーの腕が動き、
スペアリング号も大きく首を振った。

「スパイラルピアースッ!」
先ほどノエルが打ったものと比べても、
ひと味違う爆風が起きる。
解放された魔力は渦を巻いた剣となって、
轟音と共に周囲を切り裂き、
一次職のドッペルたちは、一体残らず姿を消した。
唯一残ったエルメス・ガイルも、柱と化した如く硬直し、
ノエルが入れた追撃を避けることもせず、
一撃で霧散する。
風が収まったときには、
テッカが背後のドッペルを片づけたこともあり、
あれだけいた、辺り一面の魔物が、
一匹もいなくなった。

どこへ消えていたのか、
ひょいとマツリが戻ってきて、ぼやく。
「ったく、動きは大したことねえんすけど、
 無駄に堅ぇから、何発入れても倒れなくて、
 嫌になりますわ。」
「まあ、腐っても三次職ドッペルだしね。
 っていうか、当て避け出来るだけ凄いよ。」
B2Fに降りてから、初めての小休止に、
ノエルが息を付き、そして思い出したように怒る。
「だから言ったじゃん! AX来たらやばいって!
 襲われる前に気が付いたからよかったけど、
 一歩遅かったらソニックブロー入れられて、
 誰か死んでたよ!」
「その誰かってんのは、俺のことか。」
ガイルに最も近かったテッカが憮然とした顔で言う。
「いや、別にそうとは言ってませんけどね!」
「どっちかって言やあ、
 敵飛ばされたときの方が死にそうでしたけどな。」
「今日、本当に一言多いね、マツリちゃん!」
ただでさえ、テッカの機嫌を損ね続けているのに、
わざわざ掘り返す、ギルメンに文句を言った後で、
ノエルは取って付けたように頼んだ。
「それより、ルアフ焚いてよ、ルアフ。
 また、背後から来られたら嫌だからさ。」
言いながら、降ろしかけた槍を取り直し、
慎重に辺りを探る。
「さっき、止めを刺したんじゃなかったんですかい。」
皮肉混じりながらも、
マツリも再び光の玉を呼び出し、刀を持ち直す。
「そうだけどさ。
 別のが、まだいるかもしれないじゃん。」
用心深く、辺りを見回しながらノエルは言った。
「それに、手応えが軽かったから、
 なんか落ち着かないつーか。」
それまで、マツリが何度もBBを食らわせていたし、
フェイヤーのスパイラルピアースが、
正面から当たっている。
AXが消耗していたことを考えれば、
全く不思議はないなのだが、
三次職ドッペルを突いたにしては、
感じたエネルギーが薄かったと、
ノエルは槍を何度も握りなおした。
「こう言うとき、
 ドッペルは死体で確認できないから、嫌だよね。」
「まあ、注意しとくんに、越したこたぁありませんな。」
再び警戒状態に入った二人を見て、
ポールも降ろせずにいた盾をぐっと握りなおした。
一時的に敵が居なくなったとはいえ、
ここはまだ、いつ敵に囲まれてもおかしくない、
生体研究所である。
それに、ノエルの暗示にかかったわけではないだろうが、
AXは倒したというのに、
先ほどの嫌な感覚が張り付いて拭えない。
どこまで本気なのか、
「帰るまでが遠足です。」
と、マツリが呟いているのが聞こえたが、
実際、街に戻るまでは気は抜けなかった。
盾にしがみつくようにして、
辺りを警戒するその様子を見て、
何を思ったのか、テッカがわずかに眉を動かす。

フェイヤーが武器を降ろさないメンバーと対照的に、
のんびりと笑いながら帰宅指示を出した。
「はいはい、じゃあ、次のが出ないうちに、
 さっさと帰ろうか。
 祀ちゃん、プロポタお願い。」
ギルマスの言葉に、
マツリがワープポータルの媒体となる、
ブルージェムストーンを取りだそうと懐を探った。
その様子を見ながら、ポールは一人ため息を付いた。
「ああ、今日、一回も攻撃できなかったなあ。」
背中の槍が一際重くなったような気がする。
どんなにいい武器があっても、
使わなければ何の意味もない。

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