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V(ヴァカみたいにどうでも良いこと)を、 N(ねちねち)と書いてみる。 根本的にヴァイオリンとは無関係です。
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厳しい狩り場でも、
幾日も続けて通えば、慣れてくる。
どんなに慣れても、緊張感だけはなくすなと、
テッカに怒鳴られながら、狩りを続けているうちに、
皆、お互いの動きにだいぶ慣れてきた。
初日とて、特別動きが悪かったわけではないが、
敵の処理速度が更に速くなっていくのを、
ポールは肌で実感していた。
かく言う自分は相変わらず、倒せる敵が少ない。
だから、新米なりに工夫をするようにした。
始めは単独でドッペルを叩かず、
ノエルなり、ジョーカーなりの近くについて、
前衛から叩かれ漏れた残りの処理を、
手伝うように心がけた。
そうすれば、多少なりとも早く倒せる事に、
繋がると考えてのことだったが、すぐに優先すべきは、
クレイの保護だと思うようになった。

確かに、自分も積極的に攻撃に参加すれば、
全体としての攻撃力はあがる。
しかし、それは雀の涙ほどであって、
目に見えるほど違いがあるわけではないし、
十分ダメージを与えた敵に、
横から追加で攻撃しても余剰になるだけだ。
それより、しっかり支援を守った方がいい。
先輩方は目まぐるしく動き、
内側に寄せ付けない様にしているが、
それでも時折、支援中のクレイのところまで、
敵が向かうことがある。
ハイプリとて、ただ、殴られているはずもなく、
魔法で防いだり、叩き返したりはするが、
その間はどうしても、支援が途切れてしまう。
代わりに自分が間に入り、倒せなくてもいい、
先輩の誰かに引き取って貰えるまで時間を稼げば、
支援魔法が継続する分、
結果的に早く、安定して魔物を倒せるのだ。

『敵を倒すだけが、仕事じゃないもんね。』
後衛を守るのは、
今更指摘されるまでもない大事なことだが、
その理由を噛みしめるようにして、
ポールは任務に当たった。
メンバーは優秀で、敵を見逃すことは少なかったから、
任務と空き時間を天秤に掛けた後、
最終的に援護攻撃を再開したが、
ほんの僅かでも、
ハイプリのところに魔物が行きそうであれば、
全て放り出して戻り、
また、危険をいち早く察知するために、
攻撃よりも周囲に気を配ることを優先した。

仲間たちの動きも少しずつ、変化があった。
まず、序盤は前衛がしとめきれなかった、
魔物の処理を担当していたマツリが、
最前線に立つようになった。
単純な攻撃力では、
そのすぐ後ろをいくテッカとフェイヤーに劣るが、
マツリはLKでありながら、
シーフのスキルを用いた攪乱が得意だ。
もともと、敵の足並みを崩すのを役割としており、
当然の移動といえる。
ジョーカーとノエルは完全に、
後衛に徹することにしたようで、
クレイを中心にジョーカーが左斜め前、
ノエルが右斜め後ろの位置に落ち着いた。
がんがん敵に当たる前衛をユッシに任せ、
少し離れた後ろに位置していたクレイも、
護衛の手を煩わせない為か、前に出て、
反面、ユッシは前衛の戦闘に巻き込まれない為にか、
気持ち程度後ろに下がり、
ハイプリ同士、背中合わせになる形で中心に移動した。

そんな中、何時まで経っても、
居場所が落ち着かないのがヒゲで、
テッカやフェイヤーの横から敵を叩いてみたり、
後衛へ移って、ジョーカーの邪魔をしてみたりと、
ウロウロ動き回っている。
殴りプリは所詮器用なアコでしかないと言うが、
確かに、ポールほどではないにしても、
彼の攻撃力は他に比べて相当劣るようだ。
その上、ある程度殴ったところで、余所へ移ってしまい、
とどめを刺そうとしない。
時折、ユッシたちの補助として、ヒールを掛けたり、
LAを入れたり、支援としても動いているが、
どうにも中途半端だ。

「ヒゲさんは、主に何の仕事をしているんですか?」
考えあぐねて、帰宅後、ストレートにポールが問うと、
得意げな答えが返ってきた。
「主に隙間産業をしています!」
「でも、副支援は兎も角、
 副火力にしては、戦ってる途中で移動してたり、
 落ち着かないじゃないですか。」
足らないところを補うとしても、
最後まで全うしないのは違う気がする。
勿論、自分の様にプリの援護等、
別の仕事を持っているのであれば分かるが、
ヒゲには最優先している事があるように見えない。
「うむ、敵を倒すのは、
 ノエルンやジョカに任せた方が早いしな。」
何時の間にノエルに新しいあだ名を付けたのかと、
ポールが目をぱちくりしている前で、
ヒゲは胸を叩いて宣言した。
「ワシは倒すより、
 嫌がらせをモットーとしております!」
「嫌がらせって、」
主にどんなことを聞かれるよりも早く、
殴りハイプリは使い込まれた古いメイスを高く掲げた。
「見よ! この輝ける、
 スタンデバインポイズンカーシングロッドを!!
 これ一本でスタンさせて呪って暗闇にし、
 且つ毒もかけるという優れ物ですwwwwwwwww」
「名前が長い上に、ずいぶん中途半端ですな。」
「状態異常系は、発動率を考えると、
 同じ種類でまとめた方が強いよね。」
後ろから冷静なマツリとジョーカーの突っ込みが入る。
「でも・・・4枚揃えるには・・・目玉焼きMSは高かった・・・」
ぐったりとヒゲは床に手をついたが、
彼のペースに逐一付き合っていては、
時間がいくらあっても足りない。
「つまり、敵の動きを鈍らせるのが仕事なんですね。」
要点だけ摘んだポールに、ヒゲはあっさりと頷いた。
「あと、Gvでは敵にアスペとかもします。」
それのどこが嫌がらせなのかとポールが首を傾げる前に、
ノエルがしっかり補足に入る。
「聖属性はエンペ殴れなくなるし、
 ドル服でも着てなきゃ、ダメが落ちるからね。」
「即座に呪い水で上書きされるとはいえ、
 確かに、嫌がらせにはなるよね。」
「Gvはその数秒が惜しい時があるしね。」
全く、無意味なわけではないと、
クレイとユッシも同意した。
「へえー」
とりあえず、ポールが納得して頷くと、
ヒゲは喜々として中途半端な杖を押しつけてきた。
「さあ! ポール君もワシと一緒に、
 嫌がらせロードを突っ走ろうぜ!!!!!1」
「遠慮しておきます。」
確かに、今の自分にはぴったりの役目かもしれないが、
仮にも剣士として、いかがなものかポールは思った。
だいたい、ロッドなど使ったことがない。
「嫌がらせ用の槍があるなら、考えますけどねえ。」
「流石にそれは、俺も持ってないなあ。」
専用の武器があるならとポールは肩を竦め、
ノエルが苦笑いしたが、ユッシが事も無げに言う。
「なんだ、ないなら作ればいいじゃないか!」
「流石ユッシンwwww話が分かるwwwwww」
予想外の理解にヒゲが大喜びするが、当然制止された。
「手間がかかるだけの装備を、
 他に必要な物がいくらでもある新米に、
 作らせる馬鹿がどこにいる。」
一人黙々と狩りの後始末をしていたテッカが、
ユッシの首根っこをつかんだ。
「そんなことより、お前は精算作業を進めてこい。」
言いながら、まとめていた狩りの収穫物を押しつける。
「えー 今から?」
今日も一日、しっかり狩りをしたから、当然疲れている。
めんどくさいとユッシは身を引いて拒否した。
「いいよ、明日の蚤でまとめて処分しちゃうから。」
露店を出す予定のWSが知り合いにいるから、
ついでに片づけてもらうと言う。
「どうせ、大した売り上げにもならないでしょ。」
「だが、金には多少なりともなるだろうが。」
お前はいいが、ポールのことを考えてやれと、
テッカは眉をしかめた。
「掘り出し物を見つけても、
 持ち金が足らなかったらどうにもならないだろ。」
「そんなら、明日はポール君と一緒に回るよ。」
そうすれば、相場や品物について教えられるし、
いざという時、代金を立て替えられると主張して、
ハイプリは自分で自分の案に納得してしまう。
「うん、それがいい。
 じゃあ、明日は3時に集合な!」
「勝手に決めるなよ、お前はー」
呆れてノエルが幼なじみを窘めるが、
聞く相手ではないのは承知済みだ。
「3時? じゃあ、特訓は?」
少し付いていけていないままポールは訪ね、
クレイに呆れられる。
「明日は休みだよ。
 もうGvは明後日だからね。」
「え、もうそんなに経ちましたっけ?」
毎日集中して過ごすと、時間の流れはとても速い。
瞬く間に一週間が過ぎていたことにポールは驚いた。
「そして、Gvの前は恒例の蚤の市です。
 露店が大量にでるから、
 冒険者なら一度は足を運びたいところらしいよ。
 実用品から普段扱われないような珍しい品まで、
 色々なものが出回るからね。
 出張武器製造・ファーマシー屋さんもくるから、
 材料さえあれば、格安で作って貰えるし、
 使わなくなった装備を安く売る人もいるし、
 新人なら、余計に行って損はないんじゃない?」
どこか他人事なクレイの説明に、
改めてポールは頷いたが、それより、
それまで続けた特訓の成果が気になった。
1週間で多少なりとも自分は変わったのだろうか。
逡巡し始めた新米をおいて、
先輩連中はサクサクと話を進める。
「ユッシン、明日はヒゲ氏とジョカさんも連れてって。
 二人で放置しておくと、また、無駄遣いするから。」
手間がかかるとため息を付きながら、クレイが言う。
「はいよ。」
ユッシは勿論、ノエルも頷いたのを見て、
クレイは安心したように、また、息を付いたが、
ジョーカーが口を尖らせた。
「クレイさんは来ないの?」
じゃあ、僕もいかない等とぶつぶつ言うのに、
ハイプリは肩をすくめた。
「あたしゃ、流石に疲れました。
 一応、病み上がりだし、
 明日はGvに備えて一日寝てます。
 なにより、ギルドの奴らに捕まりたくない。」
言いながら、自分で肩を揉む彼女の言葉に、
皆、納得する。
疲れているのは兎も角、明日の蚤の市は、
クレイの元ギルド、ジュノーカフェ主催によるものだ。
うっかり見つかって、Gvは出られるのに、
なぜ、蚤の手伝いができないのかと問いつめられるのが、
思いきり嫌なのだろう。

やれやれと大層草臥れた様子で、
椅子に座り、マツリと雑談を始めた彼女は、
そっとしておくことにして、テッカは事務作業に戻り、
その他はポールに、明日何をするのかを教えつつ、
予定を立てることにした。
「まず、探すとしたら、
 やっぱりポール君にも買える防具だよね。」
珍しく真面目な顔でジョーカーが腕を組み、
ノエルが頷く。
「ある程度は俺のが貸せるし、
 サイズの違いは何とかごまかせるけど、
 何でも貸せる訳じゃないし、自前がないとな。」
「ファブル服ぐらいなら、買えるんじゃないけ?
 あれはそこまで高くないし、
 それなりに長く着れるぞ。」
ヒゲが体力向上を促すMSの付いた鎧を薦めるが、
ユッシが気乗りしなさそうに反論する。
「でもさあ、所詮ファブルでしょ?
 そんな無理して自前に拘んなくても、
 いいんじゃない?
 折角ノルがいるんだし、
 フェイさんやテツさんもいるしさ。
 使い回せる物は回して、お金を貯めて、
 もっと良い装備を買う方がいいんじゃないの?」
「だからさ、それはそれとしてもってことだよ。
 後、名前短縮するな。」
装備を貸さない訳じゃないと、ノエルが言う。
「装備を揃えるにはお金がすごくかかるから、
 足らない分は貸せれば、貸すよ。
 でも、借りるにしても、繋ぎの何かを買うにしても、
 その中心になるものが欲しいだろ。」
何より全て他人頼みというのは感心しないと肩を竦める。
「と、なると、狙うは長く使える、
 ちょい高めの装備として、靴はもうソヒーがあるから、
 肩掛けか、盾か、鎧かな?」
ジョーカーが首を傾げ、ユッシが頷く。
「だったら、イミューンじゃないかな。
 盾も欲しいけど、
 両手槍を使うかもしれないことを考えれば、
 肩掛けが無難じゃん?」
この意見には揃って頷きたいところではあったが、
ノエルが苦い顔をした。
「借金上等にしても、レイドは高いよ。
 うまく安売りしてても、5Mは下らないだろ。
 厳しいと思うぞ。」
なんといっても買うのはポールだ。
倉庫の中身を処分しても500kいくか怪しい。
自分たちから借金をすることにしても、
返せる額を考えれば1Mが限度だろうという制限に、
皆、揃って頭を悩ませた。
唯一、当人だけが、
「何で、俺のお財布事情がそんなにばれてるんだろう?」
と、のんきに首を傾げる。

「Gv参加、してもしなくても、
 タラフロがあると何かと便利なんだけどなあ。」
「だから高いって。」
長く使うならとジョーカーが唸り、
改めてノエルに否定される。
「それより、それほど値段高くなくて、
 使い勝手がいいのは、闇服じゃね?
 あれなら、1Mぐらいで買えるぞ!」
有れば時計に籠もって自力算出も狙えるとヒゲが提案し、
ユッシが頷く。
「そうだね、バースリーは魔女の粉も高く売れるしね。」
「でもさ、あそこは入るのに鍵がいるじゃん。」
三度、ノエルが首を振るのに、
ついに短気な幼なじみが切れる。
「なんだよ、さっきから! 文句ばっかりじゃないか!」
「だって、鍵は高いし、算出が少ないんだぞ。
 転職を考えると廃屋だっていきたいし、
 今から貯めたって良いくらいだ。」
同職として先を見据えた意見と有れば、普通は尊重する。
ただ、怒っているユッシ、しかも相手がノエルとなれば、止まらない。
「だからって、ケチばかり付ける意味有るのか?
 そもそも、言い出しっぺなんだから、
 良い案ぐらいだせよ!」
「闇服が悪いって言ってるんじゃないよ。
 バースリー狩りはどうかって言ってるんだよ。」
「同じようなもんだろ! 
 いつも何かっちゃあ、文句付けてうるさいんだよ!」 
「それはお前が言われて当然なことするからだろ!」
「闇服で、いいんじゃないすかね。」
喧嘩に、しかも若干論点がずれ始めた二人の横から、
話題から離れていたマツリが口を出した。
「あれがありゃ、騎士団にも行けるっしょ。
 プチレアも多いし、レイドも狙えますかんな。」
「あー 確かに。」
途端に皆、納得する。
「そうだよ、闇服買って騎士団で良いじゃん!」
「エルもオリも出るし、
 ワシらが一緒なら、レベルも妥当だしな!」
ジョーカーとヒゲが何度も頷くのに、
クレイも口を挟む。
「いや、PTでも騎士団は気持ち早いと思う。
 それより、炭坑がいいんじゃないの。
 レアでるし、今からでもソロでいけるでしょ。」
ちょっと遠いし、MPは不味いけどと彼女は付け足したが、
そんなところまで気を配るような、元ドスコイではない。
「いいじゃんいいじゃん、炭坑いいじゃん!
 闇服いいじゃん!」
「明日はこれで決まりですな!」
この二人が勝手に何か決めようとする時は、
大概制止がはいるのだが、
今日は実際に妥当と思われるため、それがなかった。
ただ、ユッシとノエルが喧嘩モードから戻れないらしく、
ぶつぶつ言い合う。
「だから、闇服で良いって言ったろ。」
「だから、悪いのはバースリー狙いだって言ったろ。」
「もー 喧嘩しないでくださいよ。」
見かねてポールが止めにはいる。

「じゃ、明日はポール君の闇服を探すってことで!」
ポール本人の意見も聞かずジョーカーが宣言し、
今度こそ、決定かと思われたが、
また、ストップがかかった。
「ただねえ。」
複雑そうな顔でマツリが首を傾げる。
「バースリーなら、
 あたしが未使用を3つほど持ってますが。」
欲しければ、800kでいいと言うのに、
ジョーカーが憮然とする。
「それさ、もっと早く言おうよ。」
「いや、どのみち、つける装備が要るんすけどね。」
飄々と肩をすくめられ、皆、どっと疲れてしまう。
挙げ句、黙々と仕事をしていたテッカからも苦情が入る。
「おい、じゃあ、とっくに自分の作れんじゃねえか。
 いい加減、俺の闇鎧返せ。」
どうやら、こちらも延々と借りっぱなしだったらしい。
上司からの返却要請にマツリが不本意だと眉をしかめた。
「元から貸してくれなんて頼んでねえっすけど。
 しかもあれ、重いし、デカいし、使いづらいし。」
無理矢理押しつけた癖に、
そんな言い方はないとふてくされる部下を、
テッカは何を言ってやがると叱った。
「騎士団いくのに闇鎧なきゃ、あぶねえだろ!
 ただでさえ、お前は打たれ弱ぇってんのに。」
「なきゃないで、どうにかなりまさぁね。
 まあ、気が向いたら作りますわ。」
「MSが3つもあって、
 何で気が向かなきゃ作れねえんだよ!」
「いいシフクロがないんすよねー」
「そうじゃないだろ、色々と!」
心配を片っ端から投げ捨てるようなマツリの態度に、
テッカよりも周りのものが肩を落とす。
ぼそりとクレイが呟いた。
「+7に拘ると、一生装備なんか揃わないよね。」
時には+4で妥協する勇気も必要だ。

「あーもー じゃあ、明日は鎧ね、鎧。」
「もう、メイルでいいんじゃね。」
はいはい、終わり終わりとノエルが手をたたき、
疲れたユッシが投げやりに言う。
「じゃあ、また明日ね。」
一足早くジョーカーが退席を告げ、
ヒゲとポールもそれに続こうとしたときだった。
コンコンとドアが鳴り、来客を告げる。
「ハーイ、どちら様ですか?」
来客など珍しいと、ユッシとノエルが顔を見合わせ、
ポールが駆け寄ってドアを開ける。
「あれ? 誰もいない?」
「失敬だお。」
下から聞こえた声に合わせて目線をおろすと、
まだ4・5歳程度の小さな子供が、
心外そうに眉を顰めていた。
どこかの制服らしい、少し大きめの紺色のローブに、
白い肌と髪がよく映えている。
「ああ、ごめんごめん、どちら様?」
「チハル・セトと申します。
 こちらに母が伺っているはずなのですが。」
子供とみて、気を許したポールと対象に、
幼い見かけによらず、きちんとした挨拶が返ってきた。
丁寧に頭を下げられ、あわててポールも下げ返す。
挨拶が終わると、
エメラルドグリーンの瞳にジツと見つめられ、
意味もなく焦りながら、新米剣士は首を傾げた。
「はは?」
「あれ、千晴じゃん。」
ポールが訪問客の用件を把握するより先に、
クレイが声を上げ、それを聞いたチハルは、
戸口とポールの隙間をくぐり抜け、
勝手に中に入ってきた。
「ママー!」
「ちょっと、どうしたのよ。」
大喜びで、クレイに飛びつく子供に、
ようやく状況を把握し、ポールは飛び上がった。
「母って、ママって、クレイさんの子供?!」
「そんなの、いたの?!」
同じくジョーカーが腰をぬかさんばかりに驚き、
続いて、ポールの口をふさいだ。
「ちょっと、なんですか!?」
「シッ! クレイさんの隠し子だなんて、
 テツさんが聞いたらなんて言うか!!」
同じ部屋にいて今更とはいえ、
ジョーカーが言いたいことを理解して、
ポールはもう一度飛び上がった。
遠国からわざわざ訪ねた元カノに、
子供ができていたなんて、もう目も当てられない。
反応が怒声としても、落胆にしても、
いくら冷静なテッカとて、
受けるダメージは相当なものに違いない。
ポールとジョーカーは、
真っ青になってテッカを振り返った。

「なんだ、千晴じゃねえか。久しぶりだな。」
「ご無沙汰してますお。」
その目の前で、当然のように二人は挨拶を交わす。
「いよう。ちゃんと勉強してる?」
「元気そうで何よりでさあね。」
続いて、ユッシとマツリも声をかけた。
ヒゲやノエルも驚いていない。
呆然とするポールの横で、
ジョーカーが淡々とヒゲに訪ねる。
「なに? 公然の事実なの?」
「んだ。ベッキーの知り合いなら、
 みんな、知ってるぞ。」
あっさり言われてしまい、
新米剣士とアサクロは顔を見合わせ、フフッと微笑んだ。「世の中には俺の知らないことが、まだまだあるなあ。」
「ボク等以外、みんな知ってたけどね。」
ここまでくると、もう笑うしかない。

突然の隠し子発覚と紛争勃発への怯え、
それが全く必要なかったという事実。
ショックのコンボで魂が抜けそうな、
ポールとジョーカーの目の前で、
チハルは当然のようにクレイに甘えた。
「ねえ、ママー まだ帰れないの?」
「いや、ちょうど帰るところよ。
 つか、何であんたがこっちきてるの?」
「友達がプロまでいく用事があるって言うから、
 ポタに便乗させてもらったんだお。」
「相変わらず、要領のいい子だよ。」
べたべたと足下にまとわりつく息子を好きにさせて、
投げやりにクレイは対応していた。
甘えられ飽きているのかもしれない。

立ち直りきれないままぼんやり眺めてみると、
この親子、あまり似ていない。
口や鼻など、各パーツごとに比べてみれば、
もっと細かく分析できるのだろうが、
特に違いを感じるのが目だ。
クレイは東洋系の特徴、黒い瞳をしているが、
チハルは鮮やかなエメラルドグリーンだ。
色の違いだけでかくもと思えるほど、受ける印象が違う。
くっきりとした二重や色白なのは同じであるし、
髪の色など、共通する部分もあるのだが、
クレイの髪は元々黒であり、
色の残っている部分が所々残っているのに、
チハルは生まれつきらしく、根本から雪のようであると、
性質が異なるので、
返って、違いを際だたせる要素になっている。
父親似なのかなと考えていると、
クレイが意味ありげに笑った。

「似てない?」
「ええっと。」
答えるより早く、正解を教えてくれる。
「養子だからね。血は繋がってないんだ。」
そんなこと、本人の前で言っていいのかと、
ますます困惑するポールを余所に、
クレイはどこか諦めた顔でフッと笑った。
「別にオープンにしてた訳じゃなかったんだけどさ、
 これが5つの時、あっさり見破りましてな。」
「でも、そんなの気にしないよ。」と子供の方から、
告げられて、こっちがショックだったと、肩を落とす。
確かに衝撃の事実だよねとノエルが笑う。
「でも、中身は確かに親子だよ。」
「クーさんそっくりだから、油断すると危ないぞ。」
真面目な顔でユッシも言うのに、マツリが不快を示した。
「姐さんそっくりだと、どうして危ないんですかい。」
あんたに似ている方が余程危険だと噛みつかれ、
ユッシは首を引っ込めた。

「ねえ、ママ、この人、誰?」
そのまま引っ込んだユッシたちはさておいて、
不満そうな顔で、チハルがポールとジョーカーを示す。
自分の知らないところで、
母親に変なのがくっついていると言いたげな彼に、
クレイはああと、事も無げに答えた。
「ポール君と、ジョカさんね。」
「ふーん、これが無分別おっぱい星人変質者の。」
アサクロを眺めて、養子は納得したように頷いたが、
余りに的を得た表現に、ジョーカーが抗議する。
「ちょっと、一体なにを吹き込んでるんですか。」
「間違ってないじゃんってか、
 そこまで言ったっけかな?」
苦情にクレイは首を傾げたが、ジョーカー以外には、
さして問題になるようなことではない。
失敬なとぶつぶつ呟くアサクロは当然、放置され、
チハルは次にポールに興味を示した。
「それで、こっちの人が、ポール君?」
ふーんと無遠慮に大きな目を見開いて、
じろじろ眺めるのは好奇心、
と見せかけて、上から値踏みしているように思え、
感じが悪いとポールは思った。
しかし、それを顔に出す前に、
クレイがチハルのこめかみをグリグリと拳で絞めあげる。
「それより挨拶が先でしょうが。
 目上に対して失礼な!」
「ごめんなさいー」
母親に叱られて、すぐにチハルは降参した。
青菜に塩をふったように元気をなくして、
改めて、ポールに頭を下げる。

「ごめんなさい、初めまして。
 母がいつもお世話になっておりますだお。」
「あ、いえ、こちらこそ。」
悄々と謝る様は、やっぱり小さな子供で、
ポールも釣られて頭を下げた。
よく考えれば、こんな小さな子が、
大人を値踏みなどするはずがない。
考え過ぎかと、ポールは頭を掻いたが、
クレイがそれを肯定した。
「まったく、すぐ他人を損得勘定で計るなって、
 言ってるでしょうが! みっともない!」
「そんなこと、してないお。
 なにより、外でそんなこと言われたら、
 ボクのイメージががた落ちだお。」
ママ、酷いと、メソメソ泣き出しかねない様子で、
チハルがボヤく。
予感が的中したことよりもその中身に、
ポールは身震いした。
この年で人を値踏みし、
周囲の目を気にするとは、末恐ろしい。
だが、クレイがいれば、
滅多なことはなかろうと思い直す。

母親のハイプリは面倒見はいいが、
しつけは厳しいから、色々と子供なりに苦労しそうだ。
でも、結果的にそれで助かるんだけどねと、
自分の経験をふまえて、
新米剣士は誰にということなく頷いた。
ジョーカーも同じことを思ったらしく、
改めて、好意的にチハルを眺めた。
「しかし、クレイさんの子供らしく、
 しっかりしてそうですな。」
よろしくねと、挨拶する彼からもじもじと身を引いて、
チハルはきょろきょろと部屋を見回した。
「ねえ、フェイさんは? フェイさんはいないの?」
「フェイさんは、裏の鶏小屋で、
 ペコ丸の世話をしてるよ。」
「ふーん?」
スピアリング号はノエルの愛馬ならぬ愛鳥だが、
戦略上、今回はフェイヤーが騎乗することになった。
だったら乗る人が世話するべきだと、
ユッシがいいだし、クレイ、マツリはおろか、
テッカまで賛同したので、
飼い主のノエルが遠慮したにも関わらず、
フェイヤーが掃除や餌やりなどの面倒をみている。
曰く、深酒防止策の一巻らしい。

そんな事情はチハルには説明されなかったが、
取りあえず納得したようで、
また、クレイにひっついて甘え始めた。
「ねえママ、明日の蚤市、本当に出れないの?」
「うん、出ないよ。
 むしろ明日は一歩も外にでない所存だよ。」
「そっかあ。」
可哀想に、チハルはがっくりと肩を落とした。
ポールはすっかり忘れていたが、
明日の蚤の市はプロンティアでも有名な、
イベントの一つだそうだから、
彼だって行きたいに違いない。
出来ることなら誘ってあげたいが、
自身も引率者がつく立場であるが故に、
自分から勝手なことは言えない。
そこにジョーカーが気がついた。
「蚤市行きたいのなら、ボクらと一緒にくるかい?」
『ジョカさん、ナイス!』
珍しく、ジョーカーにしては、
本当に珍しく気の利いた台詞に、
ポールは心の中で賞賛を送った。
しかしチハルは首を振る。
「知らない人に、ついて行っちゃ行けないんだお。」
「いや、別にジョカさんなら・・・あまり良くはないな。」
続いて首を傾げた母親に、ジョーカーは憮然とした。
「どういう意味ですか、それ。」
「いや、いくらノエルさんの幼児管理能力が高くても、
 自分にヒゲ氏にユッシンにポール君だけで、
 十分手一杯だと思うよ。
 それにただ、蚤市に行きたいって話じゃないのよ。
 店員として仕事しろって話。」
良くない理由を微妙にずらして、クレイは答えた。
その流石の会話運びの手腕と、
さりげなく幼児扱いされたことにポールは唸ったが、
反面鈍感なことに、ジョーカーはあっさり丸め込まれた。
新米は何故眉間にしわを寄せているのと、
不思議がりながらも、頷く。
「ああね、それは断った方がいいね。
 現場の監督とか、案内とかやるんでしょ?
 大変だもん。」
「違うよ。」
「地味な交通整理なら、
 他のメンバーがなんとかするお。」
クレイが否定し、
何を見当違いなことをいっているのかと、
チハルが鼻を鳴らした。
「え、じゃあ、なにやんの?」
「ママがでるなら、司会に決まってるお。」
ジョーカーが重ねて聞くと、
チハルは胸を張って答えた。
「ジュノーカフェの蚤の市名物、
 会場兼オークションの司会って言ったら、
 うちのママのことだお!」
『なにそれ、凄ぇえ!!』
内部運営だけかと思っていたら、
表でも派手に活動していたらしい。
「ジョカさん、知らなかったんですか!?」
「だって、ボク、蚤の市に行くようになったの、
 ここ最近だもん!」
驚いて目を見開いたジョーカーとポールに、
クレイは面倒そうに首を振った。
「昔の話です。」
「でも、ジュノーの初代司会だって、
 当時は一部で有名だったんだぞ。」
「今でも結構、顔覚えてる人いるでしょ。」
ヒゲとユッシも口を挟む。
「おかげで、あちこちから声をかけられるんで、
 テツさんがイライラして、困っ・・・」
どこからか石が飛んできて、
ユッシの頭にゴスッと当たり、強制的に黙らせた。
今日はマツリに怒られる日らしい。
そのまま、ハイプリはすごすごと再び引っ込んだ。
代わりにノエルが話を進める。

「でも、本当にもう司会やらないの?」
俺、クレイさんの司会、結構好きだったよと、
他意なく聞いてくるのに、クレイは首を振った。
「もう、ちゃんと店長がやってるしさ。
 今更うちが古参顔して、
 しゃしゃり出るのはおかしいでしょ。」
「そんなこと言わないで、戻ってくればいいんだお。
 みんな、待ってるのに。」
「いかないっての。」
足下でぶつぶつ呟く養子を睨んでから、
こういう奴が今だに居るから困ると、
母親はため息をついた。
「ったく、わざわざ、ゲフェンからこんな所まできて。
 うちに聞いても、参加しないに決まってるから、
 フェイさんを懐柔して攻めるつもりだったんでしょ。」
「うへ、なんて知能犯。」
「だから、ボクの株を下げるのやめてってばー」
クレイの予測で周囲に引かれ、
チハルはまたメソメソとイジケだした。
ノエルが笑って、戸棚に向かう。
「まあ、折角きたんだし、ゆっくりしていきなよ。
 いま、お茶菓子出してあげるから。」
「ないない、そこの棚のクッキーなら、
 昨日食べちゃったからないぞ!」
小棚をあける前にヒゲが言い、ノエルが呆れる。
「えー そうなの?」
この間、買ったばかりじゃないと、
文句を言うLKに、クレイが横から断った。
「いらんいらん。欲しければ自分で買わせるから。」
「でも、折角、来たんだし。」
「いいって。」
「でもさー」
納得しそうにないノエルに、埒があかないと思ったのか、
クレイはゆったりと立ち上がり、腰をたたいた。
「じゃあ、そういうわけで、うちはそろそろお暇するわ。
 お菓子は帰りがけに買います。」
「そう?」
元々、チハルがこなければ、解散するところだったのだ。
親子共々帰ると言われてしまえば、
止めるすべも理由もない。
ようやくノエルはお客をもてなそうとするのを止めた。
「じゃあ、また明日、は休みだから明後日ね。」
「ういっす。」
「お邪魔しましたお。」
クレイ達が立ち去るのを見送ろうとして、
ポールはふと、気がついた。

「待ってください、明日の蚤の市は?」
「ん? だから、うちは行かないって。」
「ちがいます、チハル君ですよ。」
いくら知り合いの扱うイベントでも、チハルはまだ幼い。
付き添いなしでは回れないだろう。
母親が付き合わないのであれば、
自動的に行けないことになるが、それはやっぱり、
可哀想なのではないか。
それとも、他にあてがあるのだろうか。
そんなことを思いながら、引き留めたはいいが、
あてがなくとも、ポールには何も出来ない。
ただ、心配することしかできない、
頼りなくお人好しな新米が、オロオロしているのに、
クレイはやれやれと眉を下げ、息子に訪ねた。
「行きたい?」
「んー 行けるなら、行ってもいいけど・・・」
ポールの予想をはずれて、
あまり気乗りしなさそうにチハルは答えたが、
実際に興味がないのか、母親に遠慮しているのかは、
分からない。
その様子にふむと頷いて、テッカがマツリに目配せし、
珍しく部下は従順にその意を受けた。
「あたしも付いてきますわ。
 それなら、どうにかなるでしょう。」
だから、明日チハルも皆と一緒に回ればいい。
そう提案するマツリに、
意外にも、クレイは先ほどよりも強く申し出を退けた。
「いいよ、別にー わざわざ、そんなことしなくても。」
気遣いなのか、何なのか、
ハイプリはまるで嫌がるように遠慮したが、
マツリは聞かなかった。
「特に用事もありませんしな。
 ノエルさんだけじゃ、どの道、手一杯でしょうよ。
 ポール君のお守りまで疎かになったら、
 元も子もありゃしませんかんな。」
「そうしてくれると、助かるよ。」
クレイの反応を余所に、
ノエルが喜んで承諾してしまったので、
うんざりとした顔でハイプリは肩を落とし、観念した。
「じゃあ、お願いします。」
「よかったねえ、チハル君。」
ジョーカーがクシャクシャと髪をかき回すように、
頭をなで、チハルがむっとした顔をする。

バチンッと静電気が跳ね上がるような音がして、
アサクロが跳ね上がった。
「アイターッ!!」
「とても、失敬だお。」
ぐちゃぐちゃにされた髪を直しながら、
チハルが憤然として言う。
「あーあ。人に向かって魔法使うなっていってるのに。」
「なに? 魔法?」
やる気なくクレイが息子を咎め、ユッシが耳を動かす。
「へー もう、攻撃魔法使えるようになったの?」
「うん、ボルトぐらいならもう・・・」
「止めて、ユッシン。自分には関係ない。」
答えかけたチハルの口を押さえて、
クレイがユッシから強く引き離す。
「なんだよ、ちょっと聞いただけじゃん。」
口を尖らせた同職を、クレイはきっぱりと拒絶した。
「駄目だ。この件に関しては一欠片たりとも、
 自分に情報は与えられん。」
「どちらにしろ、千晴はまだ、
 冒険者の資格を取ってないし、年齢的にとれないだろ。
 ノービスが一人居たところで、Gvには関係ないぞ。」
横からテッカも口出ししたのを聞いて、
そういえばうちにはマジシャンがいないなと、
ポールは思い、
続いて、クレイが心配していることに気が付いて、
口元をひくつかせた。
「あんな小さい子をGvに巻き込もうとか、
 流石にユッシさんも考えないですよね?」
「いや、それがありうるから怖いんだ。」
遠い目をしてノエルが答える。

「じゃ、そう言うことで、
 明日は3時にここに集合っすね。」
「遅刻するなよ、ジョカ!」
「お前にだけは言われたくないwwwwwww」
これ以上進展なしと判断したのか、
改めてマツリが宣言したのに、
ヒゲとジョーカーがじゃれあいを始め、
クレイが再び立ち上がった。
「さて、帰るか。
 夕飯の支度、めんどいわー」
「ママ、外でご飯食べていこうよー」
首をゴキゴキ言わせている母親に、
ここぞとばかりにチハルが進言する。
「しかし今月は既に食費オーバー・・・まあ、いいか。」
折角こっちまで来てるしねと、
息子の意見を採用することにして、親子は出ていき、
残ったものは、自分たちはどうしようと顔を見合わせた。

「じゃあ、ボクも帰りがけに何処か食べに行こうかな。
 ヒゲ、お前はどうする?」
「ワシは夕飯の買い出しして、
 家で作らないと嫁に殺される。」
「そっかー」
ジョーカーとヒゲが、
さりげなく物騒な話をしながら帰宅し、
一足遅れたポールは冷蔵庫の中身を思い出した。
ここのところ、忙しさにかまけ、
外食ばかりで大したものは入っていない。
今日も食べて帰りたいところだが、
ペットショップに預けたピッキを、
引き取りにいかねばならないことを考えると、
財布の中身が心許なかった。
明日は大きな買い物をすることになりそうだし、
久しぶりに家で食べようかなと考えていると、
ノエルに肩をたたかれる。
「俺らは何処行こうか。」
「えっとー そうしたいのは、山々なんですけど・・・」
明日のため、少しでも節約できるよう、
自炊するつもりだと答えると、ユッシが鼻で笑った。
「一食だけ、家で食べても変わらないだろ。」
ああ言うのは食材をまとめ買いをして、
続けるから意味があるのだと言われるが、
無い袖は振れない。
「でも、手持ちがないですし。」
「なんだよ、それじゃあ食材だって買えないだろ。」
ノエルにも呆れられ、ポールはプウと頬を膨らませた。
「そんなこと言われたって、俺は貧乏なんですー」
長年冒険者として、ため込んでいる先輩方と違い、
今年から剣士になったポールに余裕などあるわけがない。
ギルドを移ってから収入は良くなったが、
今度の特訓やGvに備えて、
消耗品を買い込むのに大分使ってしまった。
勿論、倉庫の収集品を売り、
銀行の預金を引っ張り出せばそれなりになるが、
これは明日の軍資金だ。
不貞腐れる新米に、ノエルは笑った。
「じゃあ、今日は俺がおごってあげるよ。」
「マジか! 悪いな、ノル!」
「お前と俺で割り勘だよ、当たり前だろ。」
図々しく食いついたユッシを窘めて、
ノエルはマツリとテッカにも声をかけた。
「テツさんたちは、どうします?」
「あたしゃ、どっちでも。」
どうでも良さそうにマツリが答え、
顔も上げずにテッカが言う。
「カレーでよければ、人数分あるぞ。」
これにノエルとユッシ、両方が食いついた。
「マジで!!」
「やったな、ポール君!」
「え、なにがですか?」
大喜びする二人に、同意を求められたポールは、
目をぱちくりさせた。
「テツさんのカレーは、すごく美味しいんだぞ!」
「米炊かなきゃ、米!」
ご機嫌でユッシが新米に教え、
早速ノエルが準備に取りかかろうとする。
この様子だと食費が浮く以上の幸運にありついたらしい。
何よりテッカは準備が良かった。
「もう炊いてある。
 あと、缶詰のスープと、
 サラダ用の野菜を買っておいたから、適当にやれ。」
『流石テツさん、抜かり無い!!』
全力でユッシとノエルはギルドの要を褒め称え、
鼻歌を歌いながら、夕飯の準備を始めた。
ポールも何か手伝うことはないかと、
ノエルについて台所にはいり、コンロの大鍋を見つける。
しっかりと閉められたねじ巻き式の蓋を開ければ、
刺激的ないい匂いが部屋に広がった。
「うわー 美味しそう!」
「そう、じゃなくて美味しいんだよ!」
早速火にかけ、焦げ付かないよう、
お玉でかき回す役目を新米に言いつけ、
ノエルが副菜の支度に取りかかれば、
ユッシは机の周りを片づけ始めた。
「テツさん、邪魔だから退いてよ!」
「ったく、しょうがねえな。」
事務作業は後でやってくれとハイプリに追いやられ、
一番の功労者であるはずのLKはぶつぶつ言いながら、
ノートを片づけた。
大はしゃぎの3人を余所に、
マツリは手伝おうとする素振りを見せず、
ゆったりとフェイヤーのロッキングチェアを、
揺らしている。

支度と言っても、野菜を洗ってちぎっただけのサラダと、
温めるだけのスープとカレーだから、
そんなに時間はかからない。
あっと言う間に出来上がり、皆、席に着いた。
「いただきます!」
「いただきますー」
挨拶もそこそこに、スプーンを口に運ぶと、
口一杯にスパイスの香りと、適度な辛みが広がった。
「美味しいー!」
「野菜も食べろよ。」
がつがつとスプーンを動かす3人に、
テッカが呆れ顔で注意するが、
そんなことは言われるまでもない。
あっと言う間にサラダもスープも平らげ、
競ってお代わりに走る。
「よそり過ぎだろ、ユッシ!
 何でそんなに食べるんだよ!」
「育ち盛りだから。」
「育ち盛りなら、俺のが本物ですよ!」
机と台所を往復しながら、ぎゃあぎゃあ言い争い、
しゃもじを取り合うのポール達に、
浅ましいとため息をつき、テッカは部下に声をかけた。
「お前は食べないのか?」
「ちゃんと食べてますよ。」
返事をしたマツリは、
確かに料理から目を離そうともしないが、
熱心に食べているからか、いつも通り反抗的なだけか、
よくわからない。
「ちゃんと食べないと、大きくならないぞ。」
お前も、まだ、育ち盛りの部類だろうと、
テッカは部下の食の細さを心配したが、
生憎マツリは、大人しく頷くほど従順ではない。
「黙れ、セクハラ親父。」
いきなりの侮辱に、テッカが悲鳴を上げる。
「心配してるのに、この扱い! 
 だいたい何処がセクハラだよ!」
怒る上司を、実に嫌そうにマツリは睨んだ。
「大きいとか、小さいとか、下品なんすよ。」
「何処が? いや、むしろそう言う取り方が下品だろ!」
ただでさえ、ポール達がもめているというのに、
この二人まで喧嘩を始めたら、
もう、誰も止める者がない。
「ポール君、お玉返せ!」
「絶対嫌です!」
「テツさん、ユッシが鍋もって逃げた!」
「知らん!!」
各自騒ぎに騒いで、終いにはノエルが幼なじみの暴挙を、
テッカに言いつけるという事態にまで発展したが、
どれだけ言い争っていても、
鍋の中身は順調に減っていく。
「あー 美味しかった!」
一足先に満腹になった腹をなでながら、
ポールが口の周りを拭ったところで、
裏口のドアがギィと音を立てた。

「ああ、疲れた。あっ、この匂いはカレーかい?」
体に藁くずを幾つか付けたまま、
裏口からフェイヤーが戻ってきた。
「いやー 寝藁をきらしちゃっててさー
 買いに走ったら、序でにあれこれ買わされて参ったよ。
 最近の騎士ギルドは商売上手だねえ。」
「わざわざ騎士ギルドまで行ったの?」
自分の愛鳥のことだけに、恐縮した様子でノエルが聞く。
「寝藁だったら、ペットショップで買えるのに。」
「え、そうなの?!」
予想していなかったのか、フェイヤーはかなり驚いた。
「騎士用ペコ関連は、
 騎士ギルドで調達が当たり前だと思ってた。」
「何時情報だよ、それー 古すぎるよー」
うちでも知っているぞとユッシが呆れた声を上げる。
騎士の癖にペコペコを持たないからだと責められ、
ばつが悪そうにフェイヤーは首を竦めた。
「まあ、次からはそうするよ。
 それより、今日はカレーかい?」
若干強引な話題変更とも言えなくはないが、
早く食事にしたいのは本当らしい。 
「もう、くたくたで外に行きたくないし、
 お腹はペコペコだし、助かるよ。」
本当に嬉しそうにフェイヤーが言うのに、
ポール達は顔を見合わせた。
「ユッシ、カレー少しでも残ってる?」
「いや。ポール君、スープは?」
「さっき、全部飲んじゃいました。
 ノエルさん、ご飯は?」
「うん、綺麗に残ってないな。」
そのまま、ばつが悪そうにそれぞれ目を逸らす。
「えっ、何も残ってないのかい?」
驚いて、フェイヤーは目を見開き、
テッカは深々とため息をついた。
「どんだけ食ったんだ、お前等。」
それを合図にして、ササッと三人は逃げ出した。
「じゃあ、俺、これで失礼します!」
「うちはちょっと露店みてくる!」
「狡いぞユッシ! 俺も俺も!」
「ちょっと君たち!」
後片づけもそこそこに走り去る彼らを、
フェイヤーが引き留めたが、従うはずがない。
匂いだけしか残っていない部屋に取り残されて、
ギルマスは最後の望みとテッカを振り返った。

「僕の分は、別に取っておいてくれたり?」
「そこまでは、流石にしてないな。」
「だよねえ・・・」
あっさり首を振られて、
ギルマスはその場にしゃがみ込んだ。
「なんか最近、僕こんなのばっかりな気がするよ。」
「今までの、反動じゃないっすかね。」
美味しいものを目の前で逃してばかりと嘆くが、
散々好き勝手晩酌していたツケが回ってきたのではと、
マツリにさっくり流される。
「もー こんなについていなくて、
 明後日のGvは大丈夫かな。」
「縁起でもないこと言うなよ。」
よろよろと立ち上がり、ぶつぶつ言うフェイヤーを、
テッカが眉をしかめて窘めたが、
彼の部下はもっと酷かった。
「大丈夫っす。ギルドの運勢に関わるほど、
 フェイさんの影響力ないっすから。」
「それはそれで酷いよ!」
「こら、祀!」
ギルマスに悲鳴を上げさせた部下に捨ておけないと、
テッカが首根っこを押さえようとする。
「なんて言いぐさだ、謝れ!」
「お断りでさあね。」
するりとマツリが逃げ出し、その後をテッカが追う。
どたばた追い駆けっこしながら二人が出ていくのを眺め、
フェイヤーはふと、現状に気がついた。
「これ、僕が片づけるのかい?」
汚れた皿と、散らかった机に、
フェイヤーは両手で顔を覆った。
食べていないのに夕飯の片づけとは、
確かに今日、彼はついてない。

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