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生体研究所では、検問所での入場手続きのほかに、
契約書にサインを求められる。
研究所で事故が起こった場合の責任は、
個人で持たなければならない所為と、
本人に確かに入場の意思があることを、確認するためだ。
研究所は入り口から死亡率の高い危険な場所。
万一にも、一般市民が立ち入れば命の保証はない。
先にLK達がサインをすませ、
最後にポールが慣れない手つきで署名するのを見ながら、
警備兵が話しかけてきた。
「お兄さん、ここは初めてですか?」
「あ、はい。」
ポールの目を一切見ないで、
サインした書類を取り上げると、
事務的、というより機械的に彼は言った。
「先ほど、B3Fから、
ガイルが進入したとの報告がありましたので。
気をつけてくださいね。」
「は、B3F?」
特に許可を取った者でなければ入れないと言う、
B3Fから進入したとはどういうことか。
ポールが考えるまもなく、ノエルが悲鳴を上げた。
「げっ、マジで!?」
先輩の反応に本能が身の危険を告げ、
正確に状況をポールは認識した。
「B3Fから、
モンスターが入り込んだってことですか?」
「入り口に張った警備システムは完璧なんですけどね。」
警備員は研究所の門を開けながら、
淡々と言った。
「AXの本能がそうさせるのか、
ごく偶に警備網を突破するガイルがいるんですよ。」
「突破される時点で、完璧とは言わないと思います!」
即座に悲鳴とも突っ込みつも付かない指摘を、
新米は叫んだ。
それをひどく苦々しげに、警備員は睨み、
チッと舌打ちした。
高い科学と魔法学から作り出した、
自分たちの防御結界を上回るものなどない。
その足元にも及ばない田舎国の人間が、
生意気なことを言いやがる。
そう考えているのが透けて見えた。
「どんなに立派な結界でも、出入りの際には、
道をあけなきゃならないでしょう。」
「誰かがB3Fに入ろうとする隙間を狙って、
潜り込んでくるってことですか?」
差別心も露わな警備員の態度に、
バカにされるものかと、ポールは頭をフル回転させる。
出した答えは正解だったようで、
肩をすくめて警備員は肯定した。
「普通ドッペルは人と見れば襲いかかってくるもんで、
ガイルもそうなんですけどね。
進入者を襲うより、2Fに潜り込みたがる変なのが、
1000体中1体ほどにいるんですよ。」
「まあ、AXだからね。」
「AXなら仕方ない。」
フェイヤーとテッカが肯定したのは、
包囲網を抜ける技に徹したアサシンのサガなのか、
アサシンには、時々変なのがいると言うことなのか。
どちらとも分からないが、
ノエルがぐったりとしたのは確かだった。
「ガイルは、クロークして近寄ってきて、
いきなり攻撃してくるから怖いんだよ。」
暗殺者を敵に回す恐ろしさは、
いつ襲われるか予測がつかないところにある。
一気に気力をそがれた風のノエルに、
フェイヤーが軽く同意する。
「プリがいないと、ちょっと厳しいかもしれないねえ。」
プリーストがいれば、
魔物が陰に身を隠していても、魔法で暴けるし、
あらかじめ防御結界キリエレイソンをかけておけば、
突然襲われても、刃を弾いてくれる。
万一のことがあっても、
強制回復魔法リザクレイションがあれば、
それなりの代償、多大な肉体疲労が伴うが、
大半の怪我は一瞬で直せる。
生きてさえいれば、蝶の羽で戻るなり、
逃げるなりできるだろう。
しかし、今回はその防御の要が不在だった。
「どうしますー? やめときますかー?」
やる気のなさも露わに、警備員が聞いてくる。
「やっぱりユッシがいなくて、
ガイルがいるって言うのは、
いくら2Fでも、ちょっと危ないんじゃないかな。」
「まあねえ。」
日を改めようかと、ノエルとフェイヤーが話し合うのに、
ポールは強くうなずく。
無茶はしないでほしいと新米は願ったが、
天津二人組が納得しなかった。
「なんでえ、AXの一匹や二匹。」
大したことはないと、マツリがあっさりと言い放つ。
「要は黙って近寄られなければいいんだろ。」
テッカもこともなげに言う。
「マツリにルアフの一つでも焚かせときゃあ、
すむ話じゃねえか。」
シーフの得意技、ハイドやクロークなどの隠密スキルは、
アコライトの光魔法ルアフや、
マジシャンの火魔法サイトなどの強い光に弱い。
魔法が使えない場合は、
ハンターの特殊な集中力で見つけ出すよりなく、
本来LKだけでは対処できないが、
幸いなことにZZHには、
アコライト出身者が混ざっていた。
「ああ、その手があったね。」
祀ちゃんがいて良かったよと、
フェイヤーが少しほっとした顔をする。
職の偏ったZZHのメンバーは、
マツリの万能性に助けられることが多いのだが、
今回は当人が首を振った。
「嫌でさ。ルアフなんぞ焚いたら、
いざって時にハイド出来ねえじゃねえすか。」
「自分一人だけ逃げようとすんな。
っていうか、LKがハイドとか言うな。」
正々堂々正面突破が信条なLKが、
どうしてシーフのスキルを口にするのか。
経路は未だ謎であるが、再びテッカがマツリを叱る。
「危なくなったら、
ハイド&トンドルは基本じゃねえすか。」
「LKならタゲとって囮になるぐらいしなけりゃ、
後衛が困るだろ! 何のための高いHP係数だよ!」
「どのみち、悪魔化パッチきたら、
ガイルにハイドは通用しないよ!」
時期設定が大体そのくらいだという説明はともかく、
揉めるLK達に、研究所の門番がしびれを切らして、
声を大きくした。
「それで、行くんですか? 行かないんですか?」
「あーはいはい、行きますー」
慌ててギルマスが進行を決め、
メンバーを扉の奥に押し込む。
出入り口は二重式になっており、
入ってきた扉が閉まってから、
進行方向の扉が開く仕組みとなっていた。
「最近、ドッペルの数が増えたって言うし、
無理しない方がいいんじゃないかな。」
急かされて、半ば強引に決まった進行に、
ノエルが不安を口にした。
「はいはい、いつまでも文句言わない。」
新入りを不安にさせるようなことをするなと、
ギルマスが注意する。
「だいたい、ちょっと数が増えたって、
1次職ぐらい捌けないと、LKの意味がないでしょ。」
幾ら危険だと言っても、
3次職が4人もいて、対応できないようでは情けないと、
指摘され、ノエルはようやく諦めた。
「まあ、そうですけどね。」
一人愛鳥に乗り込みながら、
LKになるための3次職試験に比べれば、
大したことはないかと、呟いた。
それを入り口のドアが、
完全にしまったブザー音がかき消す。
「三次試験って、そんなにきついんですか?」
新米が問うのに、LKたちは顔を見合わせて、
口々に言った。
「試験がきついって言うか、
受けるために支払うMP集めが、きついんだよね。」
「必要MPを集めるのに、
危険な狩り場にいって稼いでこれるかが、
試験の一巻になってるからねえ。」
「ちんたらやってっと、
必要量貯まる頃には引退ですかんな。」
ふーんと、ポールは軽く相づちを打った。
3次職になるには一生を費やすというが、
最年長のフェイヤーにしても、30の手前か、
少し越えたくらいである。
ノエルやテッカはまだ20代であるし、
マツリに至っては、自分とそう年も変わらない。
今一つ、大変さをつかみ損ねていると、
テッカが具体例をだした。
「ざっと、B3Fのドッペル2700体。」
「は?」
「1次なら約27000体分だな。」
「それも、一人でだからねえ。」
生体でソロはきついと、フェイヤーが更に補足した。
獲得MPは基本、パーティーメンバーで頭割りだから、
必要数はメンバーが2人いれば、2倍、
5人いれば5倍になる。
「逆に言やぁ、
それだけ倒せば3次になれるってことだ。」
はっきりしてていいじゃねえかと、
テッカは言うが、ポールはますます分からなくなった。
B3Fの特殊ドッペルは考えないとしても、
一人で1次職ドッペル27,000体というのは、
多いのか、少ないのか。
仮に一人で一日100倒せるとすれば、270日。
1年足らずで二次職を通り越して、
三次のLKになれる計算だ。
だが、1次職ドッペルというのは、
そんなに狩れるものなのだろうか。
ポリンやアンバーナイトなど、弱い相手ならば、
1日頑張れば300ほど狩れる。
ゲフェンタワー地下へ行ったときも、
クレイのMEもあって、短時間で同じぐらい狩れた。
しかし、グラストヘイムの騎士団では、
2時間滞在してクタクタになったにも関わらず、
自分一人で倒した数は50に満たないし、
マツリと二人でフェイヨン地下墓地に通ったときは、
多くても、100行くか行かないかだった。
また、モンスターの数は有限である。
一つの場所で狩りを続ければ、
よっぽどのことがない限り、遭遇率は減る。
果たして、1次職ドッペルというのはどれだけの強さで、
どれだけの数がいるものなのだろうか。
うーんと悩んだポールに、
「遭遇率に関しては心配しなくていいよ。」
と、ノエルが言った。
「あいつら、何もなければ、
どんどん分裂して数増えるから。」
そのくせ一定数に達すると、分裂をやめるらしい。
全く謎の多い存在だと、ノエルは肩をすくめた。
「強さに関してはまあ、行ってみれば分かるでしょ。」
「そうですねえ。」
そうこう言っている間に、
生体研究所内部へ直接つながった側の扉が開いた。
何かの薬品のにおいと、もうすぐ初夏に入るというのに、
冷たい空気が流れてくる。
早速、散歩にでも行くかのごとき足取りで、
マツリが先へ進み、「おい、突っ込むな。」と、
注意しながら、テッカがその後へ続いた。
足を引っ張らないように頑張らなければと、
真摯な顔をしたポールを、フェイヤーが笑った。
「まあ、新人さんには、
ちょっと荷が重い相手なのは否定できないけど、
イザとなれば僕らがいるし、
滅多なことはないと思うよ。」
1次ドッペルの5体や6体、
まとめてきても、どうということはないう、
騎士最上職にふさわしい頼もしさに、
ポールが少し安心していると、
先へ進んだマツリが、通路の曲がり角でとまり、
振り向いた。
「じゃあ、逆にどんくらいきたら、
やばいっすかね。」
ギルマスがすこし悩む。
「そうだなあ。
怖いのはマジシャンの魔法だけど、
1、2匹なら僕と鉄っちゃんで対処できるし、
アチャのDSも祀ちゃんにニュマしてもらえばいいし、
後は雑魚だからどうにでもなる、とすれば、
マジ抜きなら一人3体持てるよね。
3かける4で12。余裕を持って、10ぐらいまでなら、
まとめてきても大丈夫じゃないかな。」
それ以上くると厳しくなっていくかなと、
フェイヤーの見通しに、ノエルも頷く。
「でも、ここは全体が広くて、
小部屋が多いから、敵も分散してるし。」
B2Fは研究施設だけではなく、
休憩所、資料室も多く設置されているから、
研究所と言うより、どこかの大学みたいだという説明に、
ふんふんと、相づちを打ちながら、
ポールは辺りを見回した。
まだ、細い通路になっているが、
確かに研究所と言うよりは、高級住宅の廊下に似ている。
「隣の部屋にいたのが次々でてきて、
連戦になることはよくあるけど、
一度にまとめてはこないですよね。」
「だいたい一部屋ごとに5匹ぐらいいるのを、
片づけて回る感じだねえ。」
それならば、最悪、後ろで大人しくしていれば、
何とかなりそうだ。
まずは、周りをよく見てと、己に言い聞かせる。
ポールが槍を握りしめ、
廊下と部屋を区切るように垂れ下がったカーテンを、
フェイヤーに続いてめくる。
「確かに今まではそうでしたけどね。」
どうでも良さそうな声が耳にはいると同時に、
さっと視界が開け、品のいい壁紙と、
高そうな装飾品がいくつか、
そしてテッカに押し留められている、
半透明の少年少女たちが目に入った。
愛刀をブンと、一振りして、マツリが言う。
「少なくとも、ここにゃ、
ざっと30ぐらいいるようですぜ。」
「うっそ。」
フェイヤーとノエルの同時つっこみが入った。
ここは生体研究所。
現存する、もっとも危険な場所の一つである。
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残り1割に真実が混ざってないことも、
ないかもしれない。
取り合えず、閲覧は自己責任で。


