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V(ヴァカみたいにどうでも良いこと)を、 N(ねちねち)と書いてみる。 根本的にヴァイオリンとは無関係です。
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「なんか、大変なことになっちゃったなあ。」
「ピィ」
ギルマスたちが出ていってしまい、
ダンボールを抱えたまま、残されたポールは呟いた。
昨日、酔ったユッシが、
転職の前祝いだとピッキを買い与えてくれたときは、
何の疑いもなく大喜びしたが、
まさか、こんな大事に発展するとは。
ハンターの鷹と同じで、
雛の世話も修行の一つだと疑わなかった自分は、
まだまだ、世間知らずだと、
己の無知に肩を落としたポールに、テッカが声をかけた。
「何時までそこに突っ立ってるつもりだ?」
「あ、はーい。」
朝の勉強の時間だろと指摘され、慌てて準備を始める。
言われた通り、薄暗いが暖かい部屋の隅にピッキを置き、
机の上を片づけて、ユッシの用意した教科書と、
ノート、筆記用具を広げていると、
テッカが黙って立ち上がり、やかんに水を入れ始めた。
「お茶なら、やりましょうか?」
気を利かせて言うと、呆れたように否定される。
「湯たんぽだけあっても、仕方ねえだろ。」
「あー」
ピッキが寒くないようにと出すだけ出して、
ノエルは走りに行ってしまった。
しょうがねえ奴だと文句を言いながらやかんを火にかけ、
思い直したように、テッカはコップの用意も始めた。
「お前もコーヒー飲むか?」
「いえ、俺はいいです。」
コーヒーは苦くて好きじゃない。
砂糖とミルクをガバガバ入れれば飲めないこともないが、見た目がよくない。
新米が断った理由を、勘のいいLKは察したのか、
それ以上勧めず、ポールも黙って教科書を広げた。

教師役のユッシがいないから、問題集を解いていよう。
大人しく自習を始めた新米に、
テッカはやはり何も言わず、残った椅子に座った。
どことなく疲れた様子に、
やはり昨晩何かあったのだろうとポールは考えたが、
先ほどのこともあって、改めて訪ねる気はしなかった。
それにハイプリの用意した問題集は難しい。
いつの間にかポールは、
テッカのことを忘れて問題に没頭していった。
幾つ問題を解いたのだろう。
ウィザードの大魔法、ストームガストと、
敵を凍り付かせる効果への対処法を考えていたところで、
鳴り響いたやかんの音で我に返る。
ハッと、頭を起こせば、
目の前のテッカはうたた寝していた。
部屋中に響く湯が沸く音と、
やかんの火を消そうとポールが動いた気配で、
ようやく目を覚まし、勉強を続けろと新米を席に戻らせ、
代わりに自分が立ち上がる。
「俺がやりますから!」
「いい。座ってろ。」
そう言われても、先輩に自分のペットの世話をさせて、
平気でいられない。
椅子に戻っても落ち着けないポールが、
そわそわしながら見ていると、テッカは手慣れた様子で、
やかんのお湯を湯たんぽに移し、次に水を入れた。
蓋を閉めて、よく振り、温度を確かめ、
水を足すことを何度か繰り返す。
最後にタオルで巻いてから、ピッキの側に置いてやると、
寝ていた雛鳥は少し目を開けたが、
熱がる様子もなく、また眠り続けた。
そっとタオルをかけてやり、
テッカは少し安心したように微笑んだ。
見てはいけないものを見てしまったような気がして、
ポールは慌てて目を背ける。
いつも、難しい顔だとは言わないが、
ギルドのストッパーであるせいもあって、
自分にも周囲にも厳しい彼が、笑ったところなど、
数えるほどしか見たことがない。
まして、あんなに優しい目をするなんて、
考えたこともなかった。

まるで悪いことでもしでかしたように、
胸がドキドキ言うのを押さえ、
ポールは問題集に集中している振りをした。
そうこうしている間にテッカは台所に戻り、
インスタントコーヒーを煎れて、席に戻ってきた。
大儀そうに椅子に座ったのはいつもの彼で、
先ほどの様子は微塵も感じられない。
見間違いだったのだろうかと、自分の目を疑いながらも、
ポールはそっとテッカを観察するのをやめられなかった。
ため息を付きながら、熱いコーヒーを啜る姿は、
疲れた感じが消えていない。
よく見れば、目も腫れぼったく眠そうだ。
何となく続く沈黙に、気不味い思いを感じていると、
テッカが視線に気が付いた。
「なんだ? 解らないところでもあったか?」
慌てて首を降るも、居心地の悪さは消えない。
意を決して、聞いてみる。
「あんまり、具合良くなさそうですけど、
 昨日の夜、何かあったんですか?」
心配そうに新米が言うのに、
LKは少し不愉快そうに答えた。
「ああな。フェイさんが少し、酔って転んだだけだ。」
ギルマスがあまり、
いや、大いに酒癖がよろしくないのは、
昨晩のユッシとノエルの態度からも解ったが、
一体、何をやらかしたのだろう。
「転んだだけ、ですか?」
多くは話して貰えないだろうと思いながらも、
重ねて聞いてみたが、やはりテッカの返事は簡潔だった。
「ああ。ただ、ぶつかったものが悪くてな。
 掃除に手間を喰った。」
あれだと、顎で示された方を見てみると、
いつの間にか食器棚の扉のガラスが無くなっていた。
よく見てみれば、ユッシが指摘したイスの他にも、
家具が幾つか足らない。
「ガラスが割れたんじゃ、
 危なくて、そのままにできないですものね。」
食器棚の掃除だけなら、そんなに時間もかかるまい。
他にも片づけることがあったに違いないが、
取りあえず、相づちを打つ。
新米の従順な態度に気がゆるんだのか、
テッカは如何にもだるそうに頷いた。
「おかげでこっちは寝不足だ。
 祀は帰ってこねぇし、
 ユッシとノエルも戻ってこねえし、参ったぜ。」
確かに今朝はマツリの姿を見ていない。
マツリの腕を考えれば心配ないとはいえ、
部下が一晩帰ってこないとあれば、気にもなるだろう。
まさか、寝ないで待っていたということも無かろうが、
大きく延びをしたテッカの胸元で、
朱色の宝玉がキラリと光る。

「あ、それ・・・」
同じものを見たことがあると、ポールは呟く。
「ん?」
「それ、マツリさんのと、同じですよね?」
自分の胸元を指さされ、
テッカはこれかと首飾りを引っ張った。
「これはうちの一族のお守りみたいなもんだ。」
「そう、なんですか?」
不思議そうな顔の新米に、
そんな大層なものじゃないとテッカは言い、
少し難しい顔で石を見つめた。
置いてきた家族のことを思いだしたのかもしれない。
確か、彼は王族の出身だとノエルが言っていた。
言われてみれば、確かにテッカには人と違う気配がある。
高レベルLKだからだと思っていたが、
もしかしたら、血筋からくるものなのかもしれない。
高貴な出の彼が故郷を出たのは、どんな理由なのだろう。

テッカが指を離したので、
宝玉は彼の胸元へ戻り、ゆらゆら揺れた。
宝石の価値なんてわからない。
でも、凄く綺麗な石だなと、ポールは思った。
マツリのは澄んだ青緑色だが、
テッカのは血の様に赤く、
光を受ければ燃えるような金色に光る。
宝玉をお守りにするのが天津の風習なのだろうか?
そういえばクレイも青い石のブレスレットをしていたが、
同じ意味だったのかもしれない。
思い出すと同時に、
暫く会っていない彼女は元気だろうかと、心配になる。
また、体調を崩したり、
ヒゲとジョーカーが、悪さをして、
迷惑をかけてないかと良いけれど。
ため息をつくと、テッカが不思議そうな顔をした。
「なんだ、解らないなら言えよ。
 俺だって魔法のことぐらい、少しは解るぞ。」
「あー 本当に大丈夫です。」
次はプリーストの魔法に関する問題だったので、
今度はさほど難しくない。
アコライト系の魔法なら、
クレイから大体のことを教わっている。
偶然か、問題は彼女の得意魔法、
マグヌスエクソシズムについてだった。
これなら、得意中の得意だと、張り切って設問を解いていく。
詠唱が成功すると形成される魔法陣から四度に渡って巻き起こる、
浄化の光が何故、WIZの魔法が効かない悪魔にも、
絶大な効果を現すのかを記していく。
「・・・また、四大属性とは異なる、
 特殊な波動に変換された魔力が、
 悪魔の強力な防御シールドを貫き、
 内部まで染み込むからである、と。」
書き上がった内容に、我ながら良い出来だと、
自画自賛していると横から引っ張られた。
「どれ、見せてみろ。」
新米から問題集を取り上げると、少し休憩してこいと、
テッカはポールを台所へ追いやった。
「冷えてはないが、
 下の戸棚に缶ジュースがまだ残ってる。
 それでも飲んでろ。」
言われるがままに台所へ行き、
戸棚からジュースを引っ張り出す。
常温で保存されているため、確かに冷たくはなかったが、
氷を入れるほどでもない。
そのままプルタブをあけて、
ポールはピッキの様子を覗いた。
入れてもらった湯たんぽが丁度良いのか、
すり寄るようにして雛鳥はスヤスヤ眠っている。
へへへと、だらしなく口元を歪めていたら、
「あんまりつつくと、起きるぞ。」と注意された。
全くその通りだと、慌てて席に戻る。

「よっぽど、気に入ったらしいな。」
鳥の雛の何がいいんだと悪態をつきながらも、
テッカは問題集から目を離さない。
そればかりか難しい顔をしているのが不安を誘う。
「あの、何か、変なところがありますか?」
「いや。」
そうじゃないと、いったん新米に目を戻し、
困ったようにLKは言った。
「問題が偏ってる。」
魔法関連が多くて、一般常識や、
騎士本来のスキルに関する問題が少ないらしい。
選んだのがユッシだからなと、
ブツブツつぶやいていたが、
思い返したように、テッカは問題集を返した。
「出題傾向は兎も角、
 答えはよく書けてるじゃないか。」
珍しい誉め言葉に、ポールは手放しで喜んだ。
「本当ですか!?」
「ああ、特にMEに関しては完璧だ。」
「でしょう~」
出来て当然と、ポールは胸を張って答えた。
「なんたって、
 俺の最初の先輩冒険者の得意スキルですからね。
 予習はばっちりですよ。」
「ほう。ME使いとは珍しい。」
俺の知り合いにも、一人いたがとテッカが言うのに、
ポールはそうなのかと首を傾げた。
「MEプリって、珍しいんですか?」
「高速詠唱に特化する分、手数が多くて、
 魔力も高いから、PTでも有利なことも多いが、
 純支援に比べると耐久力なんかが落ちるし、
 攻撃魔法なら、専門のWIZがいるからな。」
狩り場で支援が倒れたら、防御も回復も出来ず、
総崩れとなってしまう。
また、効果は多少下がるとは言え、悪魔・不死者に、
WIZの魔法が効かないわけではない。
危険なダンジョンほど、
プリーストが攻撃を受ける可能性も高くなるが、
WIZと同じく詠唱技術に集中して鍛錬を積むMEプリは、
肉体面を強化できず、純支援より安定性に欠け、
ME自体も悪魔や不死者にしか通じず、
使いどころが狭く万能性に劣り、
且つ他職のスキルで代用できる。
とあれば、敢えて拾得を目指す理由も薄れてしまう。
物理攻撃に特化する殴りほどではなくても、
珍しいタイプになるのは、必然の流れであった。

ふーんと、今更ながらポールが納得するのに、
予習はばっちりではなかったのかと呆れ、
先輩とやらは随分苦労したろうなと、テッカは言った。
「ユッシが支援魔法の知識は、
 しっかりしてると言ってたが、
 実際、感謝した方がいいぞ。」
ここまできちんと教えてくれる相手は、
そういないと言われ、ポールは激しく頷いた。
「そうなんです。
 職は違うけど、俺の師匠みたいなもんですよ。」
全くクレイがいなかったら、今頃どうなっていたことか。
学校では教えてくれない冒険者としての基本はもちろん、
住居の世話、消耗品が安くてにはいる露店などの紹介、
日々の細々したことまで助言してくれたおかげで、
どれだけ助かったことか。
自慢の先輩だと主張するポールに、テッカが頷く。
「なるほど。ここが気に入らない訳じゃなさそうなのに、
 居着く気もなさそうなのは、
 イズにそのプリがいる所為か?」
「うぐっ」
突然、痛いところを突かれ、ポールは固まったが、
突いた本人は特に気にした様子もなく、話を続ける。
「確かに、それだけ世話になってるなら、
 ハイ、サヨナラって訳にはいかねえだろうな。
「う・・・まあ、そうです。」
すべて見通されているのを認め、渋々ポールは頷いた。
手間ばかりかける新米が、
恩も返さず、立ち去るつもりというのに、
怒るわけでもなく、他人事のようにテッカは言った。
「ギルドの所属はしなくても、遊びに来たっていいし、
 逆にここに所属したからといって、
 別ギルドの奴とつきあっちゃいけないわけでもねえ。
 良いようにやりゃいい。
 大事なのは、きちんとした技術を積むことだ。
 イズの仲間もそのつもりで、
 こっちにやったんだろうしな。」
「なんか、全部お見通しなんですね。」
自分の状況をきっちり読まれてしまい、
ぐうの音もでないとポールが降参したのを、
テッカは鼻で笑った。
「そんなの、お前を見てりゃイヤでもわからあ。
 そんなことより明日から、
 問題集を転職試験用に切り替えてもらえ。
 今から勉強すれば、
 Gvが終わる頃にゃ、転職して帰れるだろ。」
そのほうが、仲間も喜ぶだろうといわれ、
ポールは聞き間違いかと、耳を疑った。
「進級試験、受けても良いんですか?」
「ああ。今なら、騎士の実技試験ぐらい、
 なんとでもなるだろ。
 MPはもう貯まってるだろうし、転職できるなら、
 しちまったほうが何かと都合がいいからな。」
テッカが言うなら間違いない。
ポールは飛び上がって喜んだ。
「やったあ!」
スパルタ教育の副産物として、
MPはどんどん貯まっている。
受験に必要な量も大分前に貯まってはいたが、
まだ早いと、自ら先延ばしにしていたのだ。
受かったわけでもないのに、諸手をあげて喜ぶ新米に、
「試験に受かれば、それで終わりじゃないぞ。」と、
叱咤が飛ぶも、もう耳に入っていない。
ついにこの時がきたのだ。
試験に受かれば、騎士になるのに猛反対していた、
村の皆や、姉だって納得するだろうし、
ケビンのような同級生にバカにされることもない。
ドスコイのメンバーだって、喜んでくれるだろう。
ヒゲやジョーカーは勿論、
色々骨を折ってくれたクレイに、
ようやく努力の結果を見せられる。
「へへ、俺が騎士になって帰ったら、
 クレイさん、なんて言うかなあ。」
思わずこぼれた言葉に、テッカの顔つきが変わった。
「クレイ?」
ドン、と椅子が倒れる音に、ポールは飛び上がる。
「おい、今、なんて言った?」
クールなLKが血相を変えて立ち上がったのに、
「ドスコイのことは言うな」と、
マツリに押さえられていたのを思いだした。
青くなったが、もう取り返せない。
「MEプリで、クレイって、
 まさか、ジュノーカフェの瀬戸紅玲か!?」
元所属ギルドとフルネームで固定されてしまえば、
人違いと否定するわけにもいかず、
ポールはおずおずと頷いた。
「そう、ですけど・・・」
新米が怯えた顔で肯定すると、テッカは天を仰ぎ、
深い嘆息と共にその場に座り込んだ。
「あー・・・そういうことか・・・」
騙されたと、消えるような声で呟く。
どう考えても、尋常ではない。
一体何がどうしたのか。
「い、いけませんでしたか?!」
投げかけられた問いを片手で押さえ、
ふらふらとテッカは立ち上がった。
「いや、なんでもない。
 大丈夫だ。」
「どの辺りがですか!?」
当然納得できるはずもなく、
おろおろするポールを一人おいて、
テッカは何かを理解してしまったらしい。
新米に座れと促し、自分も席に着く。
「お前に祀を紹介したのも、あいつか。
 ローグ仲間の誰かに頼まれたにしても、
 新人の世話とは、珍しい事をすると思ったんだが。」
人を連れてくるのであれば、
本来、きちんと紹介すべきところをマツリは怠った。
やる気のないというより、他人事のような態度は、
詳しく話すことにより己の交友関係、
ZZHのメンバーはローグと、
ポールはヒゲやジョーカーとの付き合いに、
ケチを付けられるのを、嫌がったからと思われていたが、
性悪な部下は更に別件も隠していたわけだ。
その判断は間違いなく単独ではあるまいと、
テッカは呆れた果てたように首を振る。
「本当にしょうがねえな、あいつらときたら。」
「テッカさんも、
 クレイさんとお知り合いだったんですか?」
口にして、当たり前じゃないかとポールは思った。
テッカはクレイとマツリと同じ天津出身だ。
数少ない同郷で部下の友達となれば、知らない訳がない。
それどころか、
マツリとクレイの付き合いは故郷からだと言うし、
テッカとも当時から交流があってもおかしくない。
事実、苛立たしげにテッカは肯定した。
「知り合いも何も・・・まあ、そんなもんだ。」
何か言い掛けて、途中でやめる。
言葉を探しているのか、片手を開いて握るのを繰り返す。
感情的にはならなくても、
上手く平常心を保てずにいるのがわかった。
何度か逡巡した後、事情だけを口にする。
「一年ほど前、何も言わずに突然行方不明になってな。
 どうしたのかと心配していたんだが。」
言葉通りであらば、飛んでもない話だ。
何があるか分からない冒険者であればこそ余計に、
誰だって心配するし、そうでなくとも、
別れを告げずに去るような仲かと烈火の如く怒るだろう。
ギルドを離れるにしろ、何にしろ、
居場所ははっきりさせておくのがマナーだ。
初めて会った日、マツリが酷く不機嫌で、
クレイが妙に低姿勢だったのを思い出す。
そんな裏事情があったからかと、納得したが、
ポールには、ただ黙って彼女を悪者には出来ない。
「急に体調を崩して強制入院させられてたって、
 聞きましたよ。
 とても連絡できる状態じゃなかったって。」
あのクレイが故意に連絡を怠ったと思えず、
彼女にも事情があったのだと、代わりに弁解したが、
返ってテッカの機嫌を損ねてしまう。
「あの馬鹿が。
 丈夫じゃねえのに、無茶ばかりしてやがるからだ。
 変なことばかり、気ぃ使いやがって。
 余裕もねぇのに余計なことばかり背負い込むから、
 そう言うことになるんだ。」
言わんこっちゃないと、
苦虫をかみつぶしたような顔で切り捨てられ、
ご尤もと、ポールは下を向いた。
確かにクレイは自分のことより、
他人の事情を優先する節がある。
ヒゲの借金返済につきあったり、
既に抜けたジュノーカフェの仕事を手伝ったり、
言ってしまえば、ポールの面倒をみたのだってそうだ。
その所為で体調を崩したりしているのだから、
出来ないことは出来ないと身を引くべきだろう。
でなければ、返って周囲が迷惑する。
だが、彼女が動かなければ、どうなるか。
ジュノーカフェのことは知らないが、
ドスコイは確実にグテグテだ。
狩りの手はずが整わない、
メンバーの足並みが揃わない以前に、
ヒゲとジョーカーが、
留置所から出られない可能性だってある。
今でこそZZHのメンバーに頼れるが、
ポールだって彼女が居なければ、
右も左も分からないまま、手詰まったに違いない。

しばしの沈黙の後、怒ったところで仕方がないと、
テッカは必要なことだけ聞くことにしたようだ。
「それで元気なのか、あいつは?」
返答に困り、ポールはうーんと唸る。
今までみていた限り、
特別具合の悪そうな様子はなかった。
しかし体調不良で約束を急遽キャンセルしたり、
ちょくちょく狩りをサボったり、健康とも言いがたい。
「取りあえず、適当にやれる位は元気だと思います。」
可もなく不可もない答えはLKを憮然とさせた。
「なんだかなあ。まあ、生きているなら良いか。」
一気になくしたのは興味かやる気か。
それだけ分かれば十分と、
どうでも良さそうに頭をガシガシと掻く。
幾分ふてくされた様子のLKに、
掛ける言葉を探しつつ、ポールは首を傾げた。
「何で、退院して直ぐに連絡にこなかったんですかね?」
「面倒だったんだろ。」
純粋な疑問は、にべもなく跳ね除けられる。
状況を考えれば、ただ、帰ってきたではすまない。
揉めるに決まっているとすれば、腰も重くなるだろう。
それにしたってと、
ポールが我が事のように肩を落とすのに、
気にするなと、テッカはもう一度延びをした。
「そんなことより、どうも頭がすっきりしねぇ。
 眠気覚ましに外の空気を吸ってくるが、
 一人で大丈夫か?」
「はい、勿論。」
余程調子が悪いらしい。
新米が頷くと、しっかりやれよと席を立ち、
らしくなく、だらだらとドアに向かう。
途中で立ち止まるも、振り向かず、
序でとばかりに付け加える。
「それで、あいつは今、イズにいるのか?」
「ジュノーカフェの仕事がなければ、
 いると思いますけれど。」
溜まり場の位置を詳しく伝えようとすると、
「いらん。」と、押し退けられた。
そのままバタンとドアが閉まる音を聞きながら、
ポールは、大きく息をついた。

テッカの驚き方からすれば、
あっさり興味をなくしたのは意外だが、
知り合いにも色々ある。
吃驚しただけで、同郷と言っても、
大した付き合いはなかったのかもしれない。
逆にクレイが連絡しなかったのも、
揉める危険を冒してまで、
挨拶にいくような間柄でなかったからと考えられる。
「なんか、寂しいよなあ、どっちも。」
友達が戻ってきたのを、教えてもらえないのも、
折角帰ってきたのに、どうでも良いとされるのも、
どちらも嫌だと、新米剣士は思った。
ただ、喧嘩や騒ぎになっても困る。
「取り合えず、何もなくてよかったとするべき、
 なのかな?」
マツリの口止めを守れなかったことには、
一瞬、焦ったが、
よく考えれば、良くも悪くも立ち回りのうまいクレイが、
いることを伝えられないほど、
下手をやらかすはずがない。
やはり、ヒゲやジョーカーへの対策だったのだろう。
「なんだかなあ。」
釈然としないものを感じながら、
ポールはジュースの残りを飲み干した。
知り合いなら、元気だった事ぐらい、
教えてあげればいいのに。
過去からの事情は兎も角、
ちょっと、冷たすぎるのではないだろうか。
マツリが戻ってきたら、
文句の一つも言ってやろうと考えていると、
本人が戻ってきた。
「おや。あんただけですか。」
珍しいといつも通り、
飄々とした態度が勘に障り、ポールは怒る。
「遅かったじゃないですか! 
 一晩中、何処に行ってたんです!?」
昨晩、飲み屋の前で分かれた後、
ポールは勿論、
ノエルやユッシとも違う方向へ向かったまま、
何をしていたのかを問いつめられ、
マツリは嫌そうに顔を歪めた。
「なんです、若旦那じゃあるめえし。」
「テッカさんだって、心配してたんですよ!」
「あんたや、若旦那に心配かけるようなこたぁ、
 しませんから、騒ぎなさんな。」
影響を受けるのは、騎士の技術だけにしてくれと、
噛みつくポールを片手で振り払う。
それでも一応、
「知り合いの家に泊まったんですよ。」と答え、
思い出したと付け加える。
「そこで聞いたんですが、暇だったら、
 ちょいとイズの方へ顔を出した方がよさそうですぜ。
 全く戻ってこねぇと、AXさんが大層ご立腹だとか。」
ご立腹の対象にはマツリも含まれていたのだが、
その辺りは除いて報告され、
大げさにポールは顔をしかめた。
「えー 居ないのを寂しがるのは、
 クレイさんに対してだけにしてくださいよー」
たった3週間で過ぎた程度で、
苦情がでるとはどういうことか。
元々、ギルドを離れる期間自体、1ヶ月でしかない。
逆にジョーカーが自己都合で居なくなるのであれば、
半年でも1年でも、音信不通になるに違いないからこそ、余計に腹立たしい。
「大体ジョカさんは、わがままなんですよ。
 声をかけても平気で無視するくせに、
 構わないと怒るんだから。」
「猫系の男にありがちですな。」
「それは猫に失礼ですよ。」
猫好きとして、猫の名誉を守ってから、
イズと言えばと、ポールは早速文句を投げつけた。
「マツリさん、
 どうしてイズでのことを黙ってたんですか?」
「何を今更。」
ポールが真剣なのが、
返っておかしそうに、苦笑いで答えられる。
「余計なこたぁ言わねえ方が、
 面倒がなくていいでしょう。
 あんたに直接原因がなくても、
 仮所属前に揉めりゃあ、気分が悪いですかんな。」
「そりゃ、確かにヒゲさん達のことは、
 そうかもしれないですけど、クレイさんのことは、
 ちゃんと報告するべきだったんじゃないですか?
 テッカさんも知り合いだったのんでしょう?」
問いつめれば、ますます吹き出された。
「何を言ってんですか。
 そんな火薬庫に油巻いて火をつけるよう真似、
 それこそ、出来るはずが・・・」
悪い冗談と言わんばかりだったマツリの言葉が途切れた。
振り返り、ようやく真面目な顔をする。
「若旦那に、姐さんのこと、話したんですかぃ?」
「ええ。別に問題ないでしょう?
 クレイさんだもの。」
「ユッシさんや他の人には?」
「まだですよ。」
「でしょうな。まあ、どのみち時間の問題か。」
やれやれと、頭を掻くマツリに、
何がいけないのか分からないポールは口を尖らせた。
「そりゃ、確かに黙って居なくなったのは問題ですけど、
 ちゃんと理由があるんですし、
 謝って許してもらえないことじゃないでしょう?」
借り物や、借金があれば別だが、
クレイがそんな不実をするまい。
そんなものがあれば、這ってでも返しにいくはずだ。
ポールの主張に、「確かに。」と相づちを打った上で、
「むしろ物なら、利子を付けて返すなり、なんなり、
 ちゃらにすることも出来るんでしょうがね。」
と、マツリは肩を竦め、そのまま耳を塞いだ。
「兎も角、これ以上あたしは何も聞きたくありません。」
「なんですか、それ!」
「あーあー聞こえないー」
投げやりな態度にポールは憤慨する。
そこにドアがギキと開いて、ノエルが返ってきた。
「ただいまー」
途中から、引っ張ってきたらしい。
息も絶え絶えなフェイヤーを引きずって、
部屋に運び込む。
「もー ランニングは体力づくりになるから良いけど、
 運搬は受け持ち外だよ。」
「おかえりなさいー」
ランニングより、
ため息で呼吸が乱れていそうな先輩の帰還に、
新米もギルマスを引っ張るのを手伝う。
「ユッシさんは?」
「3週目始めでバテて、
 騎士ギルド前あたりで座り込んだ。」
その後は知らないと、ノエルは首を振り、
留守番が入れ替わったのに気が付いた。
「マツリちゃん、戻ってたんだ。
 テツさんは?」
「さっき、外に出ていきましたよ。」
耳を塞いだままのマツリに変わって、
ポールが返事をする。
それに、「ああ、やっぱり。」と、ノエルは頷く。
「じゃあ、あれ、テツさんだったんだ。」
「どうかしたんですか?」
新米が不思議そうな顔をするのに、
ノエルはイズの方向を指さして言った。
「さっき、尋常じゃない勢いで城門からでていくのを、
 みたんだけど。」
一体何があったのと、首を傾げて訪ねられ、
本能的にポールはマツリを振り返る。
黒髪のLKは少し、決まり悪げに頭を掻いた。
「ハイド。」
呟くようにシーフの隠密魔法が唱えられ、
マツリの姿が消える。

「ちょっと、マツリさん!?」
慌てて呼びかけても、返事はこない。
それ故に理由は知れずとも、
大体の状況をポールは理解した。
「逃げられたー!!」
「え、なんかあったの?!」
新米の叫び声に、ノエルも慌てる。
LKは勿論、アコライトとも全く関係のないスキル使用を、
突っ込む余裕もない展開に、
軽くパニック状態になりながら、
ポールは先輩に泣きついた。
「ノエルさん、ルアフ! ルアフお願いします!
 この際、サイトでも良いですから!!」
「どっちにしても、無茶言わないでよ!」
懇願されても、普通のLKに光魔法が使えるはずがない。
当然断られ、ポールは悲鳴を上げた。
「ああ、マツリさんが居たら、
 マツリさんを捜してもらえるのに!」
「いや、それ探す必要なくない?!」
ノエルの突っ込みも、最早耳に入らない。
そのくせ、何処からとも知れない、
マツリの呟く声はよく聞こえた。
「今頃、イズは血の海ですかねえ。」

「うわあーーー!!」
もう、言葉を形成することすら出来ず、
ポールは部屋を飛び出した。
「ノエルさん、チビをお願いします!」
「分かったけど、何があったのよ?!」
そんなもの、ポールに分かるはずがない。
ただ、非常に不味い展開になっているのだけは明確だ。

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適当6割、捏造3割。
残り1割に真実が混ざってないことも、
ないかもしれない。
取り合えず、閲覧は自己責任で。
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