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室内で歩伏前進という特殊移動で、
ノエルとポール、
更にその後に続いたユッシは怪我することなく、
砂埃と家具の破片から逃れた。
「やれやれ、あの二人の喧嘩は珍しくもないけど、
参るよなあ。」
ロッカー室とおぼしき色気のない隣室で、
ようやく立ち上がり、早速ノエルがボヤく。
入会直後から思わぬ形で、
高レベルLKの恐ろしさを体験する事になってしまった。
騒ぎばかりだと思っていたあのドスコイが、
いかに平和だったかを痛感したポールが、首を竦めたまま聞く。
「いつも、こんな感じなんですか?」
もし、そうなら命が幾つあっても足らないが、
幸いなことにノエルは首を振る。
「いや、今日は何時にも増して派手だ。」
「やけにマツリちゃんの手が早かったな。」
いつもなら、軽く受け流すレベルだろうにと、
ユッシも不思議そうに首を傾げたが、興味はないらしい。
「ま、そのうち収まるだろ。」
どうせ、あの二人の喧嘩は長続きしないと、
にべもなく言うと、出かける準備をし始めた。
「それよりノル、火鎧貸してくれよ。
トールに行くってのに、
持ってない奴が一人いるんだ。」
この二人の中ではよくあることなのだろう。
人に物を借りるにしては横柄な物言いに、
眉をしかめはしたが、
ノエルはロッカーからメイルを引っ張りだす。
「勝手に人の名前を短縮するな。
ちゃんと忘れずに返せよ。俺だって使うんだから。」
案の定、大して有り難がりもせずに、
ユッシはメイルを受け取った。
それどころか、苦情を無視して改めて変な呼び方をする。
「サンキュー、ノブ。」
「何でノブなんだ。
それと使って壊したら、直しておけよ。
こないだ壊れたままだったぞ。」
物を借りたら、ちゃんと返すのが礼儀だろうと、
ノエルは言い募るのだが、ユッシは顔を向けもしない。
「忘れてた。そう怒るなよ、ボブ。」
「どんどん離れてるじゃないか。
それから明日のG狩りには出るんだよな?
うちはお前しかプリがいないのに、
勝手に抜けられたら、みんな困るだろ。」
「分かってるって。
んじゃな、ボビー。ついでにポール君。」
「ボビーって言うな! 後、ついでは要らないだろ!」
返事こそしているものの、
話を聞いているのか実に疑わしいハイプリは、
怒る相方をほとんど無視し、さっさと出ていった。
「全く、いくら幼なじみだからって、
ルーズにも程があるぜ。」
親しき仲にも礼儀ありって言うだろと、
ノエルは憤るが、この分だと怒るだけ無駄そうだ。
「幼なじみなんですか。」
「そ、三つの時から一緒だからな。
友達って言うか、あれは腐れ縁だ。」
あまりのやりとりに、ポールは目をぱちくりさせ、
うんざりしたようにノエルはため息をつく。
しかし、新米の手前、
いつまでもメンバーに憤ってはギルドの面目に関わる。
ノエルは気を取り直して、部屋の説明を始めた。
「ここに普段使いの武器とかを仕舞ってるんだ。
それで、そこの階段を上ると私室っていうか、
寮みたいなもんになってる。
階段の裏はシャワー室ね。
生憎、部屋は空いてないけど、
このロッカーは使ってないから、好きに使っていいよ。」
「ありがとうございます。」
それ自体は、何の変哲もないものだが、
自分名義のロッカーができたことで、
この部屋を使うのだという実感と愛着が沸いてきた。
改めて、ポールはきょろきょろと部屋の中を見渡した。
公園の簡易なベンチのようなイスが部屋の中央にあり、
灰色の六つのロッカーが同じ顔をして並んでいる。
壁は南側に向いているはずだが、窓はなく、
換気扇がカラカラと回っていた。
奥にある扉は外へ通じているようだ。
早速自分のロッカーを開けてみようとすると、
開かないのはまだしも、ぴくりとも動かない。
以外にも頑丈な作りで、鍵もしっかりしている。
その辺にある、簡易ロッカーとは質が違うようだ。
「これが噂のレンジャー用簡易倉庫かー」
学校で習った後、一度も見ることのなかった高級家具に、
ポールは目を輝かせた。
冒険者の鎧や武器は、非常に高価な場合がある。
時には、全財産を叩いて手に入れるようなものもあり、
盗まれては大損なばかりか、狩りにいけなくなってしまう。
それ故、カプラサービスの冒険者用倉庫に預け、管理するのが普通だ。
しかし、それでは使うたびに、逐一カプラカウンターまで出向いて、
手続きをとらねばならず、毎回手数料もかかる。
そこでBSギルドの技術者によって簡易倉庫が開発された。
レンジャーバックルに取り付けられた、
管理ナンバーに反応して開閉するという扱い安さと、
バックルを持つ本人にしか開けられないという、
優れた防盗性能を持って、瞬く間に普及したが、
それなりに値段も張るため、
ポールのような駆け出しには、手の届かない代物である。
嬉しそうにロッカーを撫でさすりする新米を笑いながら、
後で、ギルマスにナンバーを登録して貰おうと、
ノエルは言い、話を進めた。
「毎週火曜と金曜にG狩りがあるけど、
それ以外は、各自好きにやってるんだ。
食事とかも、一緒に食べに行くより、一人で食べる方が多いし。
居間の奥にキッチンもあるけど、
自炊は大変だから、皆、外に行っちゃうんだ。
使ってるのはテツさんぐらいじゃないかな。」
意外な名前にポールが驚いた顔をすると、
LKも笑った。
「似合わないけど、結構マメなんだよ、あの人。」
「そうなんですかー」
どちらかと言えば、
男児厨房に入らずなどと言いそうな堅物っぽかったが、
人は見掛けによらないらしい。
もしかしたら、案外気さくにつき合えるかもしれない。
ギルマスの方はみるからに優しそうだったし、
心配したほど、人間関係で悩まずにすみそうだ。
安心すると緊張感もが緩み、集中力が一気に落ちる。
新人が気を抜いているとは知らず、
ノエルは丁寧に説明を続けた。
「それから君にはまだ早いかもしれないけど、こっち。」
いいながら裏口の戸を開け、手招きする。
後に続いていくと扉はアパートの裏側に続いており、
物置のような小屋がたっていた。
藁、刈り取られた赤ハーブ、
それに何かの動物の匂いが混ざって、鼻に入ってくる。
ポールは故郷・フェイヨンの鷹小屋を思いだした。
出身者のおよそ9割が弓職に就く、
フェイヨンに産まれた子供たちは、皆幼いときから、
鷹の世話を手伝わされる。
将来の為に、餌の与え方や羽の手入れなど、
親が一から世話の仕方を教えるのが一般的で、
ポールも一通りの知識は持っていた。
自分の鷹を持つことは、一人前のハンターの証であり、
子供たちの憧れだった。
懐かしい匂いと雰囲気に一瞬、涙がでそうになり、
あわてて目をこすりながら小屋の中へ入ると、
身長2m程の大きな鳥が不思議そうにポールを出迎えた。
「うわぁ、ペコペコだ!」
思わず歓声を上げる。
ペコペコは、主に砂漠など、
荒れた土地に生息する鳥型モンスターの一種。
特別珍しい存在でもないが、
厳しい環境で鍛えられた体に強い足は、
荷物の運搬や騎乗に向いており、
飼い慣らされて、よく馬代わりに使われる。
特に危険なダンジョンに赴く冒険者にとって、
大胆な性格や山道を物ともしない強靱さが、
繊細な馬よりも使い勝手がいいと、
剣士系列の正式騎乗獣として認定されていた。
賢そうに目をくりくり動かしているペコペコの首筋に、
そっと手を伸ばしてみる。
大型鳥モンスターは騒ぐことなく、
されるがままに撫でさせた。
「よく、慣れてますねえ。」
久しぶりの羽毛の感触にポールが笑い、
自慢げにノエルが紹介する。
「俺のペコペコ、スピアリング号。
うちの連中はペコ丸って呼んでるけど。」
右羽の所に槍と指輪みたいな模様があるだろとの言葉に、
ペコペコが答えて、右側がみえるようにくるりと回った。
確かに、だいだい色の翼の中心に、
白地で大きな丸とそれを通す線のような模様がある。
更によく見ると、所々に不自然な羽のへこみがあった。
聞けば鞍や鎧を縛る痕だそうだ。
ナイトの乗るペコペコであれば、
せいぜいつけるのは鞍と手綱ぐらいの物だが、
より危険な場所に赴くLKが乗るとなれば、
ペコペコにもそれなりの防具が必要になる。
専用の鎧を身につける分、ナイトのものよりも、
LKのペコペコは力も体力が強く、足も1.5倍ほど太いらしい。
力だけなら防御を重視するため重い鎧をつける、
クルセ・パラディンが乗るグランドペコのほうが強いが、
こちらは少々俊敏性にかける。
真っ先に敵陣に突っ込み、主と共に槍を振り回すには、
軌道力と機敏さに長けたペコペコが一番なのだ。
「へー」
もう一度、スピアリング号の首筋を撫でると、
ペコペコは気持ちよさそうに目を細め、
「クルックー」と鳴いた。
いずれは自分も乗ることになるだろうが、
それはいつだろうか。
早くそうなりたい。
そんなポールの心を読んだように、ノエルが言う。
「君も騎士になって、
ペコペコを持てると良いんだけどな。
こいつ、一人で寂しがってるから、
仲間が増えれば喜ぶよ。」
全くその通りだと、ペコペコが期待を込めた眼差しで、
ポールを見つめ、足を踏みならして催促してみせた。
確かに、小屋の中にはスピアリング号しかいない。
「あれ、でも、」
不自然なことに、ポールは気がつく。
「マツリさんや、他の人のペコペコは?」
思い返せば、
マツリがペコペコに乗っているのを見たことがない。
町中でのペコペコ騎乗は、
緊急時をのぞいて禁止されているため、
ペコに乗っていないことを不自然に感じなかったが、
ナイトにしても、LKにしても、
騎乗するからこそ、騎士なのだ。
プロンティアで時折すれ違う騎士の半分は、
ペコペコを引き連れていたし、
残りの半分も、どこかにペコを待機させているだけで、
狩りには連れていくはずである。
考えれば、これはおかしなことだった。
ZZHのLKはノエル、フェイヤー、テッカ、マツリの、
計4名で、ペコペコも人数分いなければならない。
ポールの疑問に、ノエルは言いづらそうに答えた。
「マツリちゃんとテツさんは、鳥、大嫌いなんだ。」
食べるのはまだしも、乗ったり、世話をしたり、
関わるのが嫌だと、断固として騎乗はおろか、
所有を拒否しているのだという。
「ナイトなのに?」
「まったくだよ。」
好き嫌いで騎士の本分を投げ捨てていいものかと、
ポールは呆れ、
それに長年つきあわされているノエルも、苦い顔をする。
「おかげで特攻とか釣りとか、機動力が必要な仕事は、
全部俺にまわってきちゃってさー
尤も、マツリちゃんも斥候と切り込み役、
両方やってるから、あんまり文句は言えないし、
テツさんの剣技も、
騎乗したままじゃ生かせないだろうけど。」
「フェイさんは?」
まさか、ギルマスまで鳥嫌いなのかと、
ポールが問うと、ノエルは首を振り、
それ以前の問題だと言った。
「動物は、死んじゃうから嫌なんだって。」
「えー」
生き物を飼うのに、いくら付き物だといっても、
いつ仲間や自分自身の命を失いかねない、
死と隣り合わせの立場な冒険者として、それはどうだろう。
子供が動物を飼いたがるのを、
嫌がる父親じゃないんだからと、
ノエルが今日何度目ともしれないため息をついた。
「ま、うちはそんな感じなんだけども。」
説明は全部すんだとの言葉に、ポールがただ、頷こうとすると、
「君はどうなの?」
と、逆に問われる側に回された。
「どうって、言いますと・・・?」
なにを聞かれているのか分からず問い返すと、
ノエルは少し困ったように、だからさ、と言った。
「どうして前のギルドを抜けたのか、とか。」
ごまかした部分をここで突かれるとは思っていなかった。
ドスコイ喫茶に所属していたのが何故バレたのだろう。
「確かに、公式認定されてるかとか、ギルド方針とかもあるけど、
ただ、Gvに出たいだけなら、
わざわざ変えなくても、でれるでしょ。」
新人にプレッシャーを与えないように気を使っているのか、
あくまで世間話のようにのんびりとノエルは話しているのだが、
焦っているポールには、あまり意味がなかった。
ポールは元々、嘘が得意ではない。
その上、慌てているとなれば、
尚更本当のことしか、思い浮かばない。
ドスコイでしたGvの話のなかで、
一番印象に残っているのは、クレイの嫌そうな顔だった。
「それは、その・・・ギルドの人が、
あんまりGv好きじゃなくて。」
咄嗟に口にして、丁度いい言い訳になるのに気が付く。
彼女があの調子では、ドスコイで参戦するのは難しい。
他の二人もGvに参加するのに、初めは否定的だった。
それを思い出し、Gvに参加するに当たって、
あれこれ言われたことを組み合わせる。
「うちは、ギルドとは名ばかりで人数もいないし、参加は無理だ。
でるなら、別のGに混ぜてもらった方がまだいいって言われたんです。
でも、俺はあくまで体験したいだけで、
今後続けるかまで、考えてないですし、
それなのに、知らないギルドにお邪魔するのは、
迷惑なんじゃないかって、話になりまして。」
「ふうん、それで友達のギルドならって、
ことになったわけか。」
一応、ノエルは納得したような顔をしたが、
これだけでは、先ほど自己紹介と大差ない。
敢えて聞き直すのは疑問があるからで、
LKはさらに深く踏み込んだ。
「じゃあ、何でそう言わなかったの?
っていうか、何故ギルドに入ってない振りをしたの?」
直球の質問が、ポールの逃げ道をふさぐ。
「隠したつもりじゃないんですが・・・なんていうか・・・」
まさか、お宅のマツリに脅されましたと、
言うわけにもいかず、
ますます返答に窮した新米剣士を困ったように眺め、
その態度を不信に思ったのか、LKも難しい顔になる。
「なんか、いられなくなるようなことやらかした?」
「違いますよ!」
いくら世間知らずで、迷惑をかけても、
追い出されるようなことはしていない。
むしろ、出ていきたくなるようなことをしているのは、
ヒゲとジョーカーの方である。
そんな裏事情から、思わず憤慨して、
ポールはノエルが心配していることに気が付いた。
問題を起こしてギルドを追放された人物を、
理由も分からず招き入れるのは不用心すぎる。
再び、何かしでかすかもしれないし、
追放理由となった悪事を容認したとして、
他から責められる可能性があるからだ。
もし、ポールがそうならば、
ギルドに入れるわけには行かないだろう。
それならば話は早いと、LKの心配を打ち消すべく、
ポールは胸を張って堂々と主張した。
「別に喧嘩もしてませんし、悪いこともしてません。
体験が終わったら、すぐ戻るつもりです!」
ギルドに居られなくなるようなことは、
していませんと断言するも、
返って眉をひそめられてしまう。
「それはそれで、うちにとっては困るんだけどね。」
今後の予定は決まっていないのは兎も角、
折角入った新人が抜ける気満々では、
ZZH側としては、入れる意味がない。
潔白を証明しようとして、墓穴を掘ってしまった。
ますます難しい顔をしてしまったLKに返す言葉がなく、
「ですよねー」と、ポールは萎れるより他なかった。
「じゃあ、なんか別に理由があるわけ?」
マツリが何故、ドスコイのことを、
黙っているように指示したのかが定かではない以上、
迂闊なことは言えず、
重ねて問いただされても、曖昧に濁すしかない。
「なんていうか、言い辛い色々がありまして。」
自分でいいながら、答えになってないと思う。
弱り果てたポールに、
ノエルもますます困った顔をしたが、
意を決したように、口を開いた。
「それはもしかして、
ギルメンがちょっとあれだってこと?」
予想外の指摘に、ポールは目を見開く。
「いや、俺も噂だけだし、知らない人のことを、
悪くいうのはどうかと思うんだけどね。」
困ったように、ノエルは頭をかいた。
「ただ、ほら、君のギルド、ドスコイ喫茶だっけ?
イズルートでちょっと有名じゃん。
剣士ギルドでバイトしてたとき、
色々耳に入っちゃってさ。」
「あー」
確かにイズルートで、
ドスコイメンバーの怒声や悲鳴が聞こえない日はない。
そればかりか、警吏に追いかけられて、
ヒゲやジョーカーが町中を走り回ることも少なくなく、
彼らを知らない住民は居ない。
それにしても、どうしてドスコイ所属が分かったのと訪ねると、
LKはバックルのギルドフラッグを指さした。
「レンジャーなら、普通最初にみるでしょ。」
事も無げに言われ、
以前、同じことをブラッドが言っていたのを思い出す。
言われてみれば、当然の答えに納得し、
同時にそんなことすら分からない己の浅さを、
ポールは痛感する。
その渋い顔を、図星を突いたせいだと判断したLKは、
言いづらそうに、
「剣士ギルドにきてたときはフラッグが入ってたのに、
なくなってるし、ギルドの話しないから、
どうしたのかと思って。」
と、言った。
「もちろん、マツリちゃんの紹介だから、
滅多なことはないだろうけど、
万一、何かあったら困るからね。」
何しろうちには前科があると、ノエルは頭をかいた。
ZZHの前身、RGHが解散したのは、
ギルメン同士の争いが主な理由だが、
他ギルドから流れてきた新人の中に、
余所で問題を起こしてきた者が紛れていたのが、
そもそもの発端だったらしい。
テッカがポールの出身を気にしていたのは、
そのせいもあったのだろう。
改めて納得して、ポールは言った。
「でも、俺、何かあるほどの冒険者経験がないですよ。」
「うん、実際そうだろうけど、
それ、威張るところじゃないからね。」
変なところで自己主張する新米に、LKは冷静につっこんだ。
「敢えてギルドのことを言わないからには、
何かあるのかと思ってさ。」
理由らしい理由がないからこそ、返って気になったらしい。
しかし、素行や性格に問題があるならば、
マツリが仲介するはずもなく、
唯一の心あたりの他は、考えても分からない。
そこで直接聞くことにしたようだ。
「でも、噂道理なら、確かに言いづらいよなーって。」
だから他のギルメンの前では、敢えて聞かなかったのだという、
ノエルの心遣いをありがたく感じると共に、
どんな噂かを想像して、ポールは一気に憂鬱になった。
ドスコイのメンバーは決して、悪人ではない。
卑怯な詐欺や恫喝、暴力沙汰はもちろん、
狩り場での規約を破ったり、迷惑行為を行うことはない。
だが、公然猥褻においては、確実に真っ黒であるし、
ドスコイの日常を考えれば、
ギルメンを紹介したくないと思っても、当然と言えば当然である。
輝く新しい生活から現実に引き戻され、
肩を落としたポールに、
恐る恐るといった体で、ノエルが聞いた。
「でも、本当なのかい?
商人のカートに乗って、町中走り回ったあげく、
海に突っ込んだって言うのは?」
「いや、俺も知らないですが、やりそうです。」
カートを押したのはハイプリか。それともAXの方か。
如何にも好きそうな馬鹿騒ぎの光景が目に浮かぶ。
何より酷いのは、それが一つで済まないことだ。
「じゃあ、余りの煩さに、留置所の警吏が全員逃げたほどの、
カツ丼コールをしたって言うのは?」
「似たようなことはやってました。」
「女性物の下着姿で、
ベランダでランバタを踊ってたって言うのは嘘だよね?」
「否定できる根拠がありません。」
どれも出来れば知らないままで居たかった過去である。
自分が一気に元気をなくしたので、
ノエルが心配しているのが分かったが、気にする余裕もなかった。
マツリが口止めした理由がよくわかる。
交友関係に厳しそうなテッカに伝われば、
ポールの入会は疎か、今後の付き合いすら咎められるに違いない。
「でも。」
自然と言葉が口をついた。
「でも、悪い人たちじゃないんです。
陽気で元気で。
いつも俺の心配してくれて、失敗しても、
笑って次頑張ればいいって励ましてくれるんです。」
冒険者アカデミーで友達も作れず、
たった一人でいた出来損ないの新米剣士に声をかけ、
快く受け入れてくれるギルドが、どれだけあるだろう。
ギルドに誘ってもらったときの喜びを、ポールはまだ忘れていない。
ドスコイ喫茶はポールにとって大事な返る場所で、
メンバーは掛け替えのない仲間だった。
たとえ、ヒゲが脱ぎ魔で、ジョーカーがおっぱい星人で、
クレイが他ギルド所属であっても、それは変わらない。
考えて、ちょっと悲しくなったけれども。
そんなポールを、ノエルはしばらく黙ってみていたが、
やがて、静かに言った。
「君がそう思うんなら、そうなんだろうさ。」
賛同するように、スピアリング号が「クエックエッ」と鳴く。
「うちだって、品行方正なメンバーばっかりじゃないし、
問題がないなら、それでいいんだ。」
特に、ユッシが酷いんだと苦笑しながら、
LKがポールの肩を元気づけるように叩くと、
ペコペコまで愛情表現なのか、背中に頭突きをかましてきた。
思わず転びそうになり、怒ると、からかっているつもりなのか、
大げさに羽をバタバタさせて、驚いた振りをしてみせる。
その様子をLKは笑ってみていたが、
ふと、ポールに向き直った。
「ま、そんなわけだから、これから一ヶ月、
よろしく頼むよ。」
改めての入会歓迎に喜ぶべきなのだろうが、
ポールは少し、気まずさを感じながら聞いた。
「俺、このまま居座っちゃっていいんですか?」
「いったろ。問題がなければ、それでいいって。」
実際、ポールは何もしていないし、
ヒゲ達のやんちゃも、イズルートで留まっている。
それならば、実害はないだろうとノエルは言った。
「でも、フェイさんが良いって言わないと。」
メンバーに紹介はされたが、
面接が中途半端に終わったせいで、
マスターの承認を受けていない。
ギルドマスターから承認を受けなければ、
公式なメンバーとしては認められず、
レンジャーバックルにフラッグを刻む事も出来ない。
ノエルが良いと言っても、ギルマスはなんて言うかと、
ポールは心配したが、
ノエルはあっさりと気にするなと言った。
「俺が面接しておいたって言えば、それですむよ。
どうせ元々、揉めるほどメンバーもいないしさ。
レンジャー規約違反をされたら流石に困るけど、
それもないだろ?」
慌ててポールは首を横に振る。
Gvに出してもらえるだけ有り難いのに、
迷惑をかけるようなことは断じて出来ないし、
Gに入っていようがいなかろうが、
国の定める規約を破れば、
やっとの事でとった資格を取り上げられてしまう。
そんなのは冗談ではなかった。
「じゃ、そろそろ部屋に戻ろうか。
そんで、フェイさんにフラッグ貰おう。」
「あ、はい。」
つまらなそうに見送るスペアリング号に手を振って、
ポール達は部屋を後にした。
何とか、ギルドメンバーとして受け入れられそうだが、
己の技量はまだしも、
ドスコイの事まで問題になるとは、
予想もしていなかったポールは、そっとため息をついた。
ノエルは大丈夫だと言ったが、
確かにイズルートでの噂は好ましいものではなかったし、
マツリの制止もある。
出来るだけ、ZZH所属中はイズの話はするまいと決め、
心の中でそっと謝る。
「ごめんなさい、ヒゲさん、ジョカさん。」
あれだけ世話になったのに、なんだか、
ドスコイ所属は不名誉な事だと、
自ら認めたようで良心が痛んだ。
しかし、紹介してくれたマツリに迷惑はかけられない。
出来るだけ、余計なことは言わないにしようと、
諦めたところに、女性の叫び声が響いた。
「誰かきてー! 痴漢よー!!」
ええっと、二人は一瞬固まる。
「ちょっと、行ってくる! そこで待ってて!」
すぐにノエルは同時に声のする方へ駆け出していった。
「待ってください、俺もー」
その後を追おうとしたが、
果たして自分が役に立つものかポールは迷った。
賊を追いかけようにもこの辺りの地理もわからない。
現場を荒らしてしまう可能性もある。
判断に迷った彼の耳に、
背後から、よく聞きなれた声が風に乗って流れてきた。
「どうして、偵察に来たのに騒ぎ起こすかな、お前は!」
「すまんwwwwだが、覗く先を間違ったのは、
ワシではないぞwwwwwww」
「偵察一つ出来ないAXバロスwwwwwwww」
「黙れwwwブラッドwwwwww」
数分後、息を切らしてノエルが戻ってきた。
「駄目だったよ。やけに逃げ足の速い奴らでさー」
言い掛けて、
新米が青い顔をして固まっているのに気がつく。
「どうしたの? 何かあった?」
「いいえ、なにもありません!」
掛けた声をたたき返すが如く断言するポールの様子に、
かえって不安は増したものの、
大丈夫だと言うのを、重ねて問いつめるのもおかしい。
「じゃあ、部屋に戻ろうか。」
そう言うとブンブンと新人は首を縦に振った。
全く、おかしなことだノエルは小首を傾げたが、
逐一、気にするほどの事でもないと判断する。
それよりも、フェイヤーにポールの承認を頼まなければならないし、
ロッカーの所有者も登録しなければ。
それから、使わなくなった武具の中に、
ポールが使うのに丁度いいものがあるかもしれない。
結構やるべきことが多いなと考えていた彼には、
ポールが「ドスコイ、序でにブラッドのことは、絶対言わない。」と、
改めて固く決意したことなど、知る由もなかった。
全く、マツリは実に正しい。
| 10 | 2025/11 | 12 |
| S | M | T | W | T | F | S |
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残り1割に真実が混ざってないことも、
ないかもしれない。
取り合えず、閲覧は自己責任で。


